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オレは働き蜂だと!?ナメんなよ!


第1章:厳格すぎる審査とテイクオフ

5月の爽やかな風が吹き抜ける、昼下がりの公園。
ツツジの生垣では、一匹の働き蜂がブーンと羽音を響かせ、熱心に蜜を集めていた。

彼女の名前はハチコ。
生まれてまだ二週間の、バリバリのキャリアウーマン(蜂)である。

「はぁ……やってらんないわ。人間っていいわよねぇ」
ハチコは小さな前足で花粉を丸めながら、すぐ近くのベンチを羨ましげに眺めていた。

そこでは若いカップルが、楽しそうにソフトクリームを分け合っている。

「こちとら生まれた時から一生独身、休みなしのブラック企業勤務よ。

恋愛? 交尾? そんなの都市伝説レベル。あんな風に誰かとイチャついてみたいもんだわ……」

そのベンチの反対側。
ハチコの視線の先で、頭を抱えて泥のようなため息をついているスーツ姿の青年がいた。

ブライダル会社の新規営業マン、星野純平(25歳)。
今月の契約数は、無情にもゼロ。先ほど上司から電話でこっぴどく怒鳴られたばかりだった。

純平は、目の前を自由に飛び回るハチコを、死んだ魚のような目で見つめた。

「いいよな、蜂は。
ノルマも上司の説教もない。
あんな風に大空を自由に飛べたら、どれだけ気持ちいいだろう……。

俺なんか、地面を這いつくばるだけの出来損ないの働き蜂だ……」

その時だった。

フワリと、ベンチの端に一羽の年老いた鳩が舞い降りた。

その鳩は、なぜかネクタイのような模様の首毛をキリッと正すと、鋭い眼光で純平を見つめ、実になめらかな人間の言葉で喋りだした。

「……今、世界の人間もその他の動物も、環境破壊やいざこざで生きづらい世の中になっていますね」

「うわっ!? 鳩が喋った……!?
俺、ついに精神が限界に達して幻聴が……」
頭を振る純平を無視し、鳩は翼を広げて厳かに続けた。

「じつは私は、他の動物、生き物と
『交換留学』をさせる事業をやっております。

国際環境・生物交流協会のエージェントです。

どうです?
そこのハチコ様と、3日間だけ中身を入れ替えてみませんか?」

「ちょっと鳩のおじ様、それ本当!?」
ツツジから弾丸のように飛んできたハチコが、純平の耳元でブンブンと叫んだ。

純平の脳内に、なぜかハキハキとした女性の声が直接響く。
「私、人間の男になって恋愛ってやつをしてみたい!
婚活市場に繰り出してみたいわ!」

純平は呆然とした。
目の前には、羽を震わせる蜂と、真剣な目で自分を見つめる鳩。

「3日間……1件も契約が取れない営業から、逃げられるなら……」
気がつけば、純平は呟いていた。

「わかりました。その交換留学、お願いします!」

「交渉成立ですね」

鳩は事務的に頷くと、どこからか光り輝くパンフレットをホログラムで空間に映し出してみせた。

「ですが、当協会のプログラムは厳格です。
これよりその場で『応募資格の確認』および『最終面接』を行います。

時間がないので1分で済ませますよ」
鳩は2人を交互に見据え、目にも留まらぬ速さでチェックリストを読み上げ始めた。

「年齢確認。純平様は社会人3年目、ハチコ様は成虫2週間。
どちらも働き盛りでクリア。

次に社会成績……ハチコ様は今朝、1時間で100mgの蜜を採取。A判定です。

一方、純平様……今月の営業成績、ゼロ。

……うーん、最下位(E判定)ですが、過去2年の皆勤賞を免除規定として適用し、特例で合格とします。

語学審査、双方の理解度よし。
最後に、留学先のルールを遵守する意思はありますか?」

「「あります!!」」

結構です。
では契約を締結いたします。

なお、契約履行の担保として、お二人には最も大切な物を一つずつお預かりします」


純平様からは、お昼の残りのパンの耳と……
あなたが一番大切にしている物を一つ」


「えっ?」

「純平様。定期券入れの中にある女性のお写真を。」

「なっ!? な、なんでそれを……!」

純平は顔を真っ赤にしながら、定期券入れに忍ばせていた美咲の横顔の写真を取り出した。

「……絶対返してくださいよ」

「もちろんです。契約が無事履行されれば、お返しいたします。」

「ハチコ様は極上のハチミツを一滴」

「わかったわ」

「なお、本契約には交換留学総合保険も含まれております。留学期間中の肉体的損傷は、プログラム終了時に原状回復されます。」

「それでは、最後に渡航前オリエンテーションです。

純平様、蜂の世界に入ったら、お尻の毒針は絶対にむやみに抜かないこと。
抜くと内臓がついてきて即死します。

ハチコ様、人間の世界に入ったら、『上司』という名の不条理なオスが吠えても、絶対に刺さないこと。
よろしいですね?

「「はい!!」」

では……テイクオフです!」

鳩がバタ!バタッ!!
と激しく羽を鳴らした。

次の瞬間、公園の景色がグニャリと反転し、2人の意識は光の中に吸い込まれていった。

第2章:隣の芝生は「激辛」だった

翌朝。
星野純平は自宅のベットにいた。
目を覚ますと、視界が数千個のモザイク(複眼)に割れていた。

「うわあああ!? 体が軽い! 手が6本ある! 俺、本当に蜂になってる!」

お尻にはチクリと尖った「毒針」の感触がある。

純平は恐る恐る羽を動かした。
瞬間、真上の電気スタンドに頭をぶつけて布団に叩きつけられた。
しばらくすると、飛び方のコツをつかんだ。
「おりゃ〜っ!!」
窓の隙間から大空へと飛び立った。

「すげえええ! 渋滞も満員電車もない!  風が気持ちいい!」

眼下には豆粒のような満員電車の列。

重力を無視して縦横無尽に空を駆ける圧倒的な解放感に、純平は興奮した。

どこまででも飛んでいけそうだ――。

しかし、その感動は一瞬で吹き飛んだ。

ゴォッ! と激しいビル風に煽られ、木の葉のように空中でもみくちゃにされる。

さらに頭上からは、巨大な怪獣に見えるスズメが狂暴なくちばしを剥いて急降下してきた。

「ひいいいっ! 喰われる!!」

間一髪で葉の裏へ逃げ込み、ガタガタ震える純平。
大空は自由どころか、一歩で即死のデスゲーム会場だ。

そこへ、ハチコの同僚である先輩メス蜂たちから、フェロモン通話による強烈な「業務命令」が飛んできたのだ。

『ちょっと新入り、何サボってんの!
早くあっちのツツジから蜜を限界まで吸い上げて、足に花粉団子をつけて戻りなさい! 1日のノルマ達成してないわよ!』

「ひえっ、蜂の世界のほうがよっぽどゴリゴリのブラック企業だな……!」
純平は必死に羽を動かした。

時速50キロの強風に煽られ、上空からは鳥が狙ってくる。
人間のオフィスの方が100倍マシだったと、純平は初日で涙目になった。

一方、ビジネスホテルのベッドで目を覚ましたハチコは、純平の大きな手を凝視していた。

「やったわ……!
これが人間の男の体! よーし、最高のロマンスを見つけてみせるんだから!」

ハチコは意気揚々と純平の職場へ向かったが、デスクに着くやいなや、口うるさい上司(オス)の怒号が飛んできた。

「おい純平! サボってないで早く1件でも契約取ってこい!」
ハチコはデスクを睨みつけ、冷ややかな声を漏らした。

「なんなのこの『上司』ってオスは。大して働きもしないくせに偉そうに。
私たちの巣のオス蜂なら、今頃ゴロゴロして私らにご飯運んでもらうのを待ってるだけの存在よ?

この『上司』とやら秋になったら一斉に巣から叩き出してやるわ」

「じ、純平くん……? どうしたの、急に怖い顔して……」

怯えたように声をかけてきたのは、同僚の美咲だった。
純平が密かに片思いしている女の子だ。

ハチコは美咲の顔をじっと見つめ、その可愛らしさに胸をときめかせた。

(鳩のおじ様に預けた写真の女の子ね!
これが人間のメス……なんて愛らしいの! よし、この子と最高の恋愛をしてあげるわ!)


第3章:女王の覚醒と、オスたちの現実

留学2日目。

ハチコの「メス蜂としてのプロフェッショナル精神」が、人間のビジネス界で大爆発を起こした。

純平の体を使ったハチコは、ブライダルフェアの会場にいた。

新規契約を迷っている優柔不断な新郎新婦を前に、ハチコはいつもと違うキリッとした目つきで、熱弁を振るう。

「ちょっと新郎さん、何を迷っているの! 結婚式なんて女王様(新婦)のハレの舞台よ?
男ならシャキシャキ働きなさい!
命がけで女王を支えて、尽くすのがオスの役目でしょ!」

「は、はいっ!」

ハチコの放つ、圧倒的な「女蜂の威厳」に気圧され、新郎はガタガタ震えながら契約書にサインした。

ハチコは一切の甘えを許さないストイックな営業スタイルで、なんと1日で5件もの大型新規契約を勝ち取ってしまった。

社内は「純平が鬼の営業マンに覚醒した」

と大騒ぎになった。
美咲には純平が男らしく見えた。

その頃、蜂の巣(オフィス)の中にいた純平は、別の意味で震えていた。

巣の奥深くに君臨する、圧倒的なカリスマを持った「女王蜂」の美しさに息をのむ。

しかし、そのすぐ横を見ると、働き蜂(メス)の数倍大きな体をした蜂たちが、何もせずにボーッと寝転がっていた。

「あ、あの蜂たちが噂の『雄蜂(オスバチ)』?」

「いや〜、毎日やることなくて暇そうだね。
まぁ、気楽でいいよな」

『気楽? 何も知らないのね』

先輩メス蜂は、少し呆れたように羽を震わせた。

『雄蜂は確かに働かない。でも、あの子たちには一生に一度だけ命を懸ける仕事があるの』

『新しい女王様が生まれると、一度だけ婚姻飛行に出るの。
そこで選ばれた雄蜂だけが交尾できる。

でも交尾を終えた雄蜂は、生殖器が体から抜けてしまうため、その場で命を落とすのよ』


『働き蜂(メス)って、
  女王蜂と同じメスなの。
卵を産むための器官(産卵管)が**「毒針」**に変化しているの。

そのため、刺してくる蜂はすべてメス。子育てや巣の防衛、蜜集めなど、文字通りすべての「仕事」をこなす
まさに働き蜂ってわけ!』

純平は思わず息をのんだ。

『女王様はその時にもらった精子を何年も大切にしまって、受精した卵からは私たちメス、受精しなかった卵からは雄蜂が生まれるの』

『ちなみに私たち働き蜂も、生まれた時は女王様と同じメスよ。

ただ、幼虫の頃にローヤルゼリーを食べ続けた子だけが女王蜂になれる。
私たちは普通の餌で育つから、一生働き蜂なの』

純平は女王蜂を見つめた。

(みんな同じように生まれたのに、食べ物だけで運命が変わるのか…)


すると、近くを通りかかった先輩メス蜂が、鋭い毒針をチラつかせながら恐ろしい声で囁いた。

『ふん、あの穀潰しども。今は遊ばせておいてあげるわ。
でもね……繁殖期が終わる秋になったら、用済みよ。

全員私らの手で、一匹残らず巣から叩き出して、飢え死にさせてやるんだから』

純平の背筋に冷たいものが走った。
(働かない男への制裁がリアルに命がけすぎる……!

人間の世界のニートより何倍も過酷だ! 蜂の世界のお姉様方、怖すぎる……!!)


第4章:クライマックスの大ピンチ

3日目の夕方。留学終了の時間が刻一刻と近づいていた。
人間の姿のハチコは、営業帰りに美咲と巷で話題のクレープを手に公園を歩いていた。

「ウワサ通りにここのクレープおいしいね♪
純平くん、最近すごく頼りがいがあって素敵」
とはにかむ美咲。

最高のロマンチックなシチュエーションだ。

しかし、中身がメス蜂のハチコは、デートの作法がわからなかった。

緊張のあまり、
蜂の世界の喜びの8の字ダンスが反射的に出てしまう。

(美咲さん、私、あなたに私の情熱を伝えたいわ!)

ハチコは美咲の前で、お尻を激しく左右に振りながらステップを踏む

[8の字ダンス]を踊り始めた。

「えっ……? 純平くん、
何その動き……?

怖いんだけど……!」

美咲がドン引きしている

その時、悲鳴が上がった。

「キャーッ! カラスよ!」
ベンチのゴミ箱を漁っていた巨大なカラスが、威嚇するように美咲のクレープをめがけて飛びかかってきたのだ。

「危ない!」

ハチコは美咲を庇って突き飛ばしたが、人間の体ではカラスの素早い動きに対応できない。

その時、一匹の働き蜂が弾丸のように空から飛来した。

純平(蜂)だ。
「美咲さんに手を出すなーーー!!」

純平はカラスの目の前で猛烈に羽を震わせた。
しかし、小さな蜂一匹ではカラスの相手にならない。
カラスの大きなくちばしが、純平を噛み砕こうと迫る。

『純平! 毒針を使いなさい!』
ハチコ(人間)が叫んだ。

『お尻の針でカラスを刺すのよ!』

「でも、これを使ったら……針が抜けて、ハチコのこの体が死んじゃうんだろ!?」

純平は躊躇した。
初日に鳩のエージェントから言われたオリエンテーションの言葉が脳裏をよぎる。

『バカ言わないで!私の体はどうなってもいい、今はその子を助けなさい!
それが男(オス)の仕事でしょ!!』

ハチコの覚悟の叫びが響いた。

純平は腹をくくった。
「ハチコ、ごめん……! うおおおおお!!」

純平は決死の覚悟で、カラスの鼻先に鋭い毒針を突き立てた。

「カァーーーッ!?」
激痛に驚いたカラスは、羽をバタつかせながら一目散に逃げ去っていった。

それと同時に、針を失った小さなハチコの体が、力なく地面へと落ちていく。

「ハチコ! ハチコーーッ!!」

純平の意識が、急速に遠のいていくハチコの肉体の中で、激しく揺さぶられた。


第5章:帰還、そしてそれぞれの「新しい旅立ち」

ベンチの端で、鳩のエージェントが静かに羽を広げていた。

鳩がバタ!バタッ!!! と力強く羽を鳴らす。

一瞬の激しい目眩。

純平がハッと目を開けると、そこには見慣れた自分の両手があった。

スーツの袖、履き慣れた革靴。
人間の体に戻っていた。

「俺……戻ったんだ」
慌てて足元を見ると、そこには針を失っていない、元通りの元気な姿でブンブンと飛び回るハチコの姿があった。

交換留学の[交換留学総合保険]のおかげで、留学中の肉体のダメージはすべてリセットされたのだ。

「お時間です。
3日間のプログラムが終了です。
契約は正常に終了しました。」

鳩は革のカバンを開いた。
「お預かりしていた担保を返却いたします。」

純平へは、美咲の横顔の写真。

ハチコへは、小瓶に入った極上のハチミツ一滴。

「ありがとうございました。」
鳩は静かに頭を下げると、夕空へ飛び去っていった。


ハチコは純平の周りを愛おしそうに一度だけ大きく旋回すると、脳内にフェロモン通信を届けてきた。

『楽しかったわ、純平。
人間って、傷ついたり悩んだりするけど、自分の人生を自分で選べる自由がある。本当に贅沢で素敵な生き物ね』

純平も、夕日に照らされる小さなハチコを見つめながら、深く頷いた。

「俺さ、『上司が怖い』とか『仕事が辛い』とか甘えてたよ。

蜂の世界の厳しさに比べたら、自分の力でいくらでも這い上がれるチャンスがある人間の世界なんて、全然ブラックじゃない。

俺、もっと必死に働いて、自分の足でしっかり立って、美咲さんを支えるカッコいい男になるよ」

『ふふ、その意気よ。
あ、それから美咲さんには、さっきの変なダンスは「最近流行りのストレッチだ」って言い訳しておいたから、頑張りなさいよ!』

ハチコはそう言い残すと、誇らしげに胸を張って、夕暮れの空へと力強く飛び立っていった。

羨ましそうに人間を見ていた3日前とは違う、自分の仕事にプライドを持つ、最高にカッコいい「働き蜂」の姿で。

翌朝
「純平くん……? 昨日の変なダンス、本当にストレッチ?」
恐る恐る美咲が声をかけてきた。

純平は照れくさそうに笑った。

その顔には、もう以前のような弱腰の営業マンの影はなかった。

純平は受け取った写真をしばらく見つめた。

留学へ行く前までは、誰にも知られないよう定期券入れの奥へ隠していた一枚だった。

だが今は違う。

純平は写真を胸ポケットへしまう。

(もう隠さなくていい)


「うん、ちょっと肩や腰が凝っててさ。

……美咲さん、帰りに、ちょっとお茶でもしていかない? 話したいことがたくさんあるんだ」

「うん、行く!」

純平はカバンを強く握り締め、美咲と並んで歩き出した。

遠くの空で、一匹の小さな女の子が、今日も誰かのために命がけで働いている。

その姿に負けないように、純平は一歩一歩、自分の未来へ向かって踏み出していった。

(完)

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