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運命が向かっていた道

社会の中での未熟さの続きです👇

奇跡的に中古の家🏠を買った数年後
お姉さんが亡くなった。


お姉さんは私たち一家が田舎に帰るのを待っていた。
毎年帰省はしていたものの子供の学校や仕事の事もあり、数年経っても結局は帰れなくて💦

病院には通っていて、再就職もして働けてもいたけど、私たちが田舎に帰るのを諦め始めた頃からお姉さんのメンタルは再び不安定になり入院した事もあった。

出来るだけ電話で話を聞いてメンタルのバランスを取っていたけど
個人事業主として工務店を始めて
甥っ子が田舎からうちに働きに出た後、お姉さんはある人と結婚した。
依存する対象が現れてしまった💦
そうなると私に相談しては来ない。

亡くなる前、数年は依存症まで行かないものの飲酒の際に暴言が増え、周りとの人間関係もじわじわ悪くなって仕事も辞めていた。


丁度その頃、例年通り帰省した時に
甥っ子の友達と息子がケンカになり
息子が眼底骨折する事になる。

やがて息子はその時お付き合いしていた子供のいる女性との間に子供が生まれたんだけど
このお嫁さんが曲者だった😱

初めは息子たちは3人で暮らしていたがお嫁さんの妊娠🤰を知らされたのは6ヶ月を過ぎてからだった💦
息子が知ったのも同じ時だった。
知っていたら100%反対した。

そして早産の恐れがあると大騒ぎで
入院となり同居するに至った。
後から思えば彼女は計画的だった。


私は父が倒れてカーテン専門店を辞め家を買う前の年に飼ったわんこの事で新聞配達も辞めていた。

仕事は家業の事務経理だけしかやっていなかったから孫の世話も問題なく出来ていた。
ひとつ抱えていた問題は
お嫁さんと主人の相性が悪かった💦彼女もかなり重いタイプのアダルトチルドレンだった。

そんな中でお姉さんが亡くなった。
甥っ子もショックだったと思うが
次々問題が発生していてとにかく
甥っ子家族を帰省させ、私たち夫婦はお葬式に行けなかった🥲


結果的に息子たちはアパートを借りて出て行ったが最後は離婚した。
孫娘の事を除けば離婚したのは本当に不幸中の幸いだった。


そこまでの渦中で私は歪んだ家族の問題を解決出来ない自分を責めて過呼吸になったりした💦
その時、中学生の時に過呼吸😮‍💨になった事があったのを思い出した。
外の仕事を辞めていた私はまた
家族のために境界線を見失ない
バランスを崩し始めていた。

後から息子はその結婚を自分の人生の最大の汚点だと言っていた。
お嫁さんは用意していた離婚届の
子供の親権欄を書き換えて
100円ショップのハンコを押して勝手に提出してしまった。

弁護士👩‍⚖️の先生に相談して子供を引き取れるようにとお嫁さんの裏側の問題を証拠も揃えて調停で訴えたが
日本の法律は母親と子供の兄弟姉妹を優先する権限が強かった。

裁判所に指定の資料の提出もしないで逃げていたお嫁さんだった。
タイミング悪く東北の震災があり
調停が中断された裁判所の中で何か大きな異動が行われた。

何故か調停の引き継ぎを頓挫して
基本的な母親と兄弟姉妹に権限を持たせるという強引な判断で終わった。
弁護士の先生も憤っていたがおそらく勝てない、というので断念した。


お嫁さんはすぐに別の男性と再婚し
また子供を産み
その相手が覚醒剤で逮捕されて
お金が無いから助けて欲しいと
尋ねて来て
私が留守だと分かると
私が息子のお金を隠し持っているはずだと息子に訴えた。
息子は自分の子にクリスマスプレゼント🎁を贈りたいと言うとそんなものよりお母さんからお金を持って来い‼️と言い張り話は決裂してそれっきり。
孫であるその子は小学生だったが学校🏫にも行けていない様子だった。
裁判所は責任を取ってはくれない。
私がつけた名前がその子を守ってくれるよう祈る事しか出来なかった🙏



仲の良い家族を望んだ私に
次々と難題を運んでくる運命。


請負業で人を雇うと仕事が切れた時に雇用の責任に追い込まれる。
従業員の先に家族の生活がある。
自宅の修繕で仕事を提供して繋ぐと
赤字がどんどん増えて行った。

私は少しでも収入を得ようと
再び働く事を決意してから
自分は何がしたいか考えた。
いつか園芸に関わりたくて
働けるなら何でもやろうと覚悟して
パート先にホームセンターを選んだ。


従業員が入れ替わり辞めたりして
離婚して家に戻っていた息子が修行を終えて一緒に仕事する事になった。

そして甥っ子が事故を起こした。
突然母親が亡くなってしまって
きっと彼の中でもいろいろ考えて
迷いが事故を招いたと思うけど
それも思えば自然な事だった。

甥っ子が短大を卒業して
うちで大工で働くと言った時
私は大工には向かないと思っていた。
彼にも主人にも私の意見は受け入れられなかったけど。


甥っ子は大工を辞めた。
もちろん主人と一悶着はあったが。
私が昔、性格的に営業職が向いてる!と言っていた営業職に就いた。
不動産関連事業の大会社に飛び込み
賢くて穏やかで謙虚で我慢強い性格の甥っ子は大出世した。


「止められない流れの中で」へ
つづく

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