幼馴染は、聖域だった〜第2ボタンをもらえなかった恋〜 #227
2024年3月中旬、午後2時ごろ。制服姿の学生がちらほら歩いていた。みんなチューリップの花を1輪持っている。
ああ、卒業式だったのかな。
男の子2人、女の子2人が横断歩道の前で、スマホを見せ合いながら、楽しそうだ。連絡先交換でもしているのだろうか。男子学生の胸元を見たが、ボタンはすべて残っていた。
今の子は第2ボタンをもらったりしないのかな・・・・・・
彼らをぼんやり眺めていると、自分の中学時代を思い出した。
私は中学の卒業式、第2ボタンをもらい損ねた。
卒業式の式典を終え、教室で、プロフィール帳にメッセージを書きあったり、みんなで写真を撮ったりしていた。当時、スマホはなかったので、インスタントカメラだ。
そこに、一定の女の子たちが「〇〇くんのボタンもらった」や、「□□くんがボタン全部なくなってるで」と騒いでいるのが目に入った。
━━第2ボタン。
そもそも男の子のボタンをもらうなんて、念頭になかった。そんな大胆な行為をする女子が、リアルに存在することも想像していなかった。みんな「卒業式」というノスタルジックな催しに、狂ってるだけ。
・・・・・・いや、でも待てよ。
人生で最初で最後の中学の卒業式。
今日だけは、狂っていいんじゃないか?
もはや、狂わなければ、損なのでは!?
心に体が追いつき、私はある男の子の姿を探しはじめた。
彼の名は次郎くん。ひな人形のお内裏様に似た顔をして、ひょろっと背の高い人だった。無愛想で友達付き合いはよくなく、先生には反抗する密かな問題児。
次郎くんと私は何かと縁があり、小学生の頃は座席がしょっちゅう隣になった。委員会や掃除当番もよく一緒になった。しかし小学生の頃の私は、彼のことが嫌いだった。「お前、走んの遅いよな」や「ガリ勉やん」などと、デリカシーのないことばかりを言ってくる。口喧嘩することも多かった。
中学は同じ学校に進学したけれど、クラスが離れてしまったこともあって、彼とは疎遠になった。たまに誰かと楽しそうに話している次郎くんを見かけると、あえて目をそらすようになった。その気持ちが何なのか、自分でもよく分からなかった。
そして卒業式。女子たちが第2ボタンではしゃいでるのを見て、次郎くんのボタンがほしい、と思った。
彼は基本的に人と群れない。もしかすると帰っているかもしれない。教室を出て、廊下から、7クラスある教室をざっと見渡した。
いない。
校門へ急ぐ。
下駄箱で靴を履き替えていると、校門のかどを曲がっていく、彼の姿が見えた。
このまま走れば、追いつく。
でも。
足は動かなかった。
彼と私は違う高校へ進学する。もうきっと頻繁には会えない。ここで想いを伝えて、私はどうなりたい。
付き合いたい?
付き合うって、なに?
そもそも、私は次郎くんのことが、好きなのか。え、待って。好きって、なに?
急に、ボタンをもらうという行為が、大人すぎることのように思え、今の自分はやってはいけない気がした。
脱ぎかけた上靴を履き直し、教室に戻る。手にはボタンでなく、インスタントカメラを強く握って。
あれから15年。社会人4年目の5月。私がまだAV女優になる前のこと。ある日突然、「8月に中学の同窓会します!」とグループLINEができていた。同級生の数名が、企画してくれたようだ。
招待されたグループLINEに参加し、メンバーをスクロールする。次郎くんらしきアカウントがあった。まだ招待中になっている。
「来るのかな」
中学の卒業式の記憶がよみがえる。ボタンをもらい損ねたことは、今はもう懐かしい思い出だ。そのはずだったが、不思議と、記憶はだんだん鮮やかになり、気持ちが膨らんでいく。次郎くんは今、どうしてるんだろう。どこに住んでるんだろう。もう一度会いたいな、と。
彼が来るなら、同窓会に行こう。
早く8月にならないかな。
気持ちが華やいだ。
しかし同窓会は開催されなかった。
コロナが大流行したのだ。
緊急事態宣言、ステイホームが少し緩和された秋。同窓会の代わりに、仲の良かった女子4人で集まることになった。そこで昔好きだった男の子の話になった。
「次郎くんの第2ボタン、もらいに行こうとしてん」
初めて口にしてみると、顔が熱くなる。私はやっぱり好きだったんだと、思い知る。友達からは「ええええ」っと悲鳴に似た声が上がった。「あの人のどこが良かったん!?」といわんばかりに。やはり次郎くんはあまり女子に人気がなかったようだ。
「連絡取ってみたら良いやん」
友人が言った。
「そんなん恥ずかしいわ。今更話すこともないし」
「ほんなら、私が連絡したるわ」
その子は早速、次郎くんにLINEをした。「せんでええって」と言いながらも、内心「ありがとう!」と彼女を見守った。
LINEはすぐに返ってきた。
私たちは大阪・梅田のファストフード店で大盛り上がり。友人のファインプレーのおかげで、次郎くんとLINEで繋がることができた。
そして1ヶ月後、彼と会うことになった。
10月某日、金曜日。ついに次郎くんと会う日。朝から動悸がおかしい。仕事は全く手につかない。
彼との待ち合わせは、19時、大阪・北新地駅の改札前。何がなんでも、仕事は定時で上がらなければならない。
「今日、デートなんで、定時で帰ります」
仕事は上の空なくせに、帰宅の宣言は朝イチに堂々とすませたおいた。
「え、デート!?」と、周囲はもちろん反応する。それはそれは根掘り葉掘り聞かれた。私も調子に乗って、かくかくしかじか話す。
「それ、完っ全に、付き合うやつじゃんねー!」と、はやしたてられる。それがまた楽しくて、浮つく気持ちを助長させた。
18時45分、北新地駅前に到着。髪はお団子でまとめて、ヒールを履いたパンツスタイルでかっこよく決めてきた。つもりだったが、いざ、約束の時間を前にすると、いろいろ心配になる。
やっぱりスカートのほうがよかったかな。
髪は下ろして巻いてきたらよかったかな。
強いオンナ感、出すぎてへん?
今日の私、あんまりかわいくないかも。
なんか、自信なくなってきた・・・・・・
なんの自信やねんって話だけど。
18時55分。改札から仕事帰りの人たちがたくさん出てくる。電車がついたのだ。
次郎くんを見つけられるだろうか・・・・・・
人の波に巻き込まれないよう、壁際に移動する。すると、向かいの壁際に、懐かしい顔を見つけた。
──いた。
中学の面影。短髪で色白。お内裏様に似てるのもそのまま。でも背はあの頃よりさらに伸びていて、スーツの肩幅が、記憶よりずっと広かった。中学の頃は、カカシに制服を引っかけたみたいだったのに。
人の波を横断し、押し流されそうになりながらも、彼に近づく。ドッ、ドッ、ドッ、と耳の裏が脈打つ。熱い。息がしにくい。気づいてほしいのと、目が合うのは恥ずかしいの両方が、頭の中でやかましい。
彼がこっちを見た。
おう、と手を上げる。
私の顔、ちゃんと覚えてるんだ・・・・・・!
声を聞いた瞬間、昔より低くなっていて、胸の奥がざらついた。
「久しぶり。相変わらずチビやな。見つけられへんかと思ったわ」
そうやってデリカシーのないことを言うのも、昔のまま。それが無性に嬉しかった。
彼は北新地のイタリアンを予約してくれており、カウンター席に座って、彼はジンジャーエール、私はコーラを頼んだ。
緊張で何もしゃべれない・・・・・・
なんてことはなく。仕事のこと、高校、大学の頃の話など、食べることよりも、会話に夢中になった。まるでお互いの知らない部分を、少しでも早く埋めるように。
会話の中で、私は中学の卒業式のことを打ち明けた。
「第2ボタンもらいに行こうとしてん」
照れくさい告白だが、まあ時効だろう。
彼から一瞬、表情が消えた。
さっきまでの流れる会話とは打って変わって、変な沈黙が流れる。
「なんでもっと早く言ってくれへんかってん!」
急な大きい声に、肩がピクッと震える。
「俺のボタン、全部あげたのに」
「いや、全部はいらんやろ」と笑って流したが・・・・・・
え、待って、それってどういうこと?
自意識過剰じゃないって思っていいやつ?
つまり、これは、これは。
「好き確」ってやつだ・・・・・・!
私の心は絶好調にときめいて、やかましい。
今日、完っ全に、付き合うやつやな。
来月には両親に会ってるかもしれない。
と、頭の中では2人の未来予想図が目まぐるしく展開した。15年越しの想いが叶うかもしれないて、王道少女漫画すぎるじゃない。誰かこの話を漫画化して!
21時半、店を出た。お互い、せっかくの料理に口が追いつかず、3分の1は残してしまった。
それでもまだ私たちは話が尽きない。北新地の川沿いを歩いた。水面に揺れる橋のあかりが美しい。人とすれ違う時、彼に当たりそうになる、右腕が熱い。この時間がずっと続けばいいのに。
「まだ結婚とかは考えてないん?」
私は口半開きで、彼を見上げただろう。
・・・・・・ついに来た!
今、まさに考えているよ。
あなたとの未来を。
弾けそうな心を押さえ、ひとつ呼吸してから、返事をする。
「そうやなあ。考えてなくはないで」
「で、次郎くんは?」と聞き返すことも、もちろん忘れない。
北新地のネオン、キラキラ光る川の水面、少し遠くから聞こえる賑やかな声。私はこの景色、音、空気の匂いを、生涯忘れないだろう。だってきっと今夜は、人生を大きく変える出来事が起こるから。
さあ、準備はいいよ。
もうここで、プロポーズしてくれ━━
「俺、結婚してるで」
はて。
オレ、結婚シテルデ?
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