世界の彩度が上がる瞬間〜地味な経理役だった撮影 #221
今回は、地味な経理役だった。
監督からは、「最初は、とにかく存在感を消してください」と言われていた。
私はその言葉に、少し安心してしまった。
2025年11月21日、AV撮影。内容は、会社で働く地味な経理女性が、同僚との関係をきっかけに、少しずつ自分の中のマゾ性を開花させていくというものだ。
撮影は、オフィスシーンから始まった。
地味な経理部という設定だから、衣装もかなりおとなしい。ブラウスの上には、誰の視線も通させまいとするようなグレーのベスト。スカートは膝小僧まであって、箱みたいなシルエット。髪はきっちっと、メイクも薄くて、メガネ。
こんなにAVらしくない格好で、
いいのだろうか・・・・・・
服装は地味で、表情もとぼしく、言葉も少ない。ただ不思議と、その役は居心地がよかった。
昔の自分と、少し似ていたからだ━━
社会人になる前、私はまあまあ地味だったように思う。毎日メガネで、服は3着を着回し。髪は真っ黒で、いつもひとつにまとめていた。研究室に行って、実験をして、論文を読んでの日々。当時は自分が地味かどうかなど考えたことはなかったが、間違いなく派手ではなかった。
今でも派手な人間ではないと思う。「なんか素朴やんな」と言われることは多い。その言葉に「地味」というニュアンスが含まれているのは分かっている。
ただ社会人になって、人生の色彩が変わった瞬間、みたいなものはあった。
初めて髪を染めたときだ。
全く染めたことのなかった髪を、少し明るくした。それだけなのに、周囲の人の接し方は変わった。なんというか、私との間にある空気が柔らかくなった。「最近、笑顔が増えたね」、「なんか楽しそうだね」と言われるようにもなった。
街に出て、知らない人に声をかけられることも増えた。年配の人ではなく、同年代くらいの人に。人生初のナンパだった。ギョッとした。
髪色が明るいだけで、こんなにも周囲の反応は変わるのかと、圧倒された。それと同時に、世界の彩度が上がった感じがした。人と関わることって、難しいことではないのかもしれない。むしろ、ちょっと楽しいかも。そう思うようになった。
それから私の髪色は、ゴールドだったり、ピンクだったり、オレンジだったりと、コロコロと変わった。まるで髪色による、周囲の反応を実験するかのように。
せっかくなので、その実験結果を軽く記しておこう。ラフなナンパが最も多いのは、明るめのブラウン。夜職のスカウトがいちばん増えるのは、ゴールド。ピンクやオレンジなどの色が入ると、逆に誰にも声をかけられなくなった。
髪色を変えることで、環境は変わらなくても、見える景色が広がった。もっと色んな景色、あたらしい世界が見たいと思うようになった。もし髪を染めていなかったら、私の世界はいくらか閉じたままだったと思う──
だから今回の地味な経理役には、少し似たものを感じた。
経理の彼女は、同僚である北野の強引なつながりによって、閉じていた世界をこじ開けられてしまう。そしてその先に、今まで知らなかった感覚を知る。
性への目覚めというより、人生への目覚め。
世界の彩度が上がった瞬間だ。
もっと知りたい。あたらしい世界が見たい。
そんな気持ちだったのではないかと、台本を読んで思った。
最初の絡みは、ホテルのシーン。
地味な経理の私は、同僚の北野の誘いで居酒屋で酒を飲み、その後、強引にホテルに連れ込まれる。「ダメです」と言いながらも、ついて行ってしまう。
北野役は、男優のいちさん。俳優の市原隼人を、耳側にちょっと引っ張った感じ。だから「いち」って男優名なのかな、と思ったけれど、そこまでは聞いていない。
ベッドに押し倒され、胸を触られ、股を触られ、服を脱がされた。
肌が、合わさった瞬間。
ハッとした。
なんだこれ。肌が吸い付くようだ。
しっとりとしていて、きめ細かくて、弾力があって、もちもちしている。脂肪と筋肉の程よいバランス、厚みも心地よい。
生物として超健康な個体に触れた。
そんな感覚がした。
副交感神経が一気に優位になる。
━━体にいい身体。
男が健康的で肉付きのいい女を好むように、女も健康的な男に、本能的に惹かれるのだろう。そしてそういう身体に触れた時、心よりも身体が先に喜ぶ。性欲旺盛、肌質健康、代謝良好。生物として強い、と。
カメラが止まり、絡みシーンの撮影が終わる。速やかにアフターケアや、場の入れ替えが行われる。私はバスローブをかけられ、シャワーを促される。
でもすぐに風呂場へ行く気分になれなかった。いちさんに、言いたいことがあったのだ。
これを言ったら、セクハラになるのかな。でももう会えないかもしれないしな。などと、数秒悩んで、言うことに決めた。
「肌、むちゃくちゃ気持ちいいですね」
いちさんは「ほんまですか!?」と笑った。
関西のイントネーションだ・・・・・・
「僕、汗っかきなんですよ。サウナとかよく行くからかもしれないです」
同郷と知ると、つい嬉しくなって、色々しゃべりたくなる。でも現場は時間との勝負だから、早くシャワーに行かないといけない。
「かんなさん、本書いてはりますよね」
もぉ。そっちがしゃべってきたら、シャワーに行かれへんやん。
いちさんは、私の本『はだかの白鳥』の話を振ってきた。
「本に出てる豆沢監督、僕、こないだ会ったんですけど、現場で言ってましたよ。『オレ、本に書かれてんねんで。ちょーすごくね!?』って」
『はだかの白鳥』を出してしばらく経つが、今もまだ嬉しそうに話してくれる人がいる。嬉しかった。この仕事の現場のこと、一緒に作る人たちのことを、もっと書いておきたいと改めて思った。
「じゃあ私、先、シャワー行きますね」
もっとしゃべりたい気持ちと、バスローブを抱え、その場を離れた。唇を内側に巻き込む。なんでだろう。顔がゆるんで、なんかちょー恥ずかしい。
撮影は順調に進み、私は地味さをだいぶ脱ぎ捨て、ついに最後の絡み。場所は彼の家だった。
「もうここは、両者、求めあって、全開で」
監督が絡みの説明をする。
「よーし」と、思わず声が漏れた。
1回目と2回目の絡みでは、積極的になりすぎてはいけなかった。マゾ気を開花させるという内容だから、どちらかというと、攻められるのを待つ側だ。
でもこの最後の絡みは「両者、求めあって」。
ようやくイチャイチャできる。
正直、この最後の絡みは、断片的な記憶しかない。テンションが上がりすぎてしまったのだ。そのせいで、ベッドへ向かうとき、でんぐり返しをしてしまったくらい。たぶんカメラには映っていないと思うけど。
あと覚えていることは、いちさんが時たま、昔からの友人みたいな反応をしたこと。それを見て、この時間がもっと続けばいいのにな、と思ったこと。そして早くまた彼の身体に、自分の身体をそわせたかったこと。肌に触れて、自分の身体が喜ぶあの感覚を、できるだけたくさん覚えておきたかった。
キッチンで、ソファーで、床の上で、上になったり下になったり。色々やったあと、ベッドに突入した。
正常位になる。もう終わりが近い。彼の汗は雨のようだ。私は彼の背中に回した腕に、力をこめた。自分の方へ引き寄せるように。ピッタリとくっついてほしくて。
AV撮影では、男優と女優が完全に密着し続けることはあまりない。女優の顔を撮るために、少し距離を取るから。完全に身体が重なるのは、最後の短い時間だけだ。
それは男優が発射に向かう瞬間。
つまり、この時間の終わり。
ちょっとしかないご褒美タイム。
私はこのご褒美タイムが大好きだ。相手のいちばん無防備で、本物の部分が見える気がするから。濡れていて、温かくて、重くて、生き物の匂いがする。ちょっとの間だけ、でもしっかりと感じられる、あたらしい彼。
こうして、あたらしい、に触れるたび、
私の世界はまた少し色づく。
作品は発売中。
「藤かんな 人妻経理」で検索してほしい。
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