AV女優ですって、言えた相手と、言えなかった相手 #240
7月某日、友人のコンサートを手伝った。
任されたのは受付。当日券の販売、チケットのもぎり、パンフレットを渡す、といった簡単な仕事だった。
でもその日は少し特別な一日になった。
ほぼはじめて会う2人に、自分がAV女優であることを打ち明けたのだ。
普段、プライベートで会う人には、自分の仕事をほとんど話さない。「何をしているんですか?」と聞かれれば、「執筆の仕事をしています」と答える。嘘ではないけど、全部ではない。
AVの仕事の話をしないのは、隠したいというより、私のことを知ってもらう前に、肩書きだけが一人歩きしてしまうのが嫌だからだ。「AV女優」という事実を知った瞬間、それまでとは違う目で見られてしまうことがある。
だからあえて言わない。でもそのせいでもどかしくなることもある。もっと深く話したい。相手の人生を知りたい。私のことも知ってほしい。そう思っても、自分だけ大きなことを隠したままでは、どこか対等じゃない気がして、相手にも深く入り込めなかった──
一緒に受付をしていたのは50代くらいの女性だった。アロマの調香を仕事にしようとしている人。香りの話になると止まらない。精油の特徴、香りの組み合わせ、歴史──。彼女は「全然アマチュアで、凝り性なだけで」と謙遜しているが、その知識量は十分にオタクだ。オタクの話は一概にして面白い。
まだ仕事としては駆け出しらしく、これからどうやって販売していけばいいか悩んでいた。SNSもどう使えば有効なのか模索している。その中でnoteも気になっている。
noteなら、少し精通している私。
「それだけ知識があって、語れる人だから、noteは相性がいいと思いますよ」と、伝えてみた。そこから自然と、私がnoteで文章を書いている話になり、「どんなジャンルのものを書いているんですか?」と聞かれ。「えーっと・・・・・・」と言い淀む。こういう時、呼吸が浅くなって、目が泳いでしまうのが、自分でもよくわかる。スパイとか絶対できない。
「ノンフィクション、になるんですかね」
「ノンフィクションって例えばどんなことを書くんですか?」
オタク気質の彼女は、疑問を突き詰めてくる。さすが容赦がない。そうやって疑問を宙ぶらりんにしない人は好きだ。でもどう答えたらいいものか、悩ましい。
「日々見たものや、そこから感じたことを書いています」
自分で言っていて思う。それで執筆が仕事になるの? と。もちろん彼女も思ったようで、その通りの質問が飛んできた。そして最終的にこう言われた。
「よければ読ませてもらえませんか?」
嫌だったら全然いいんですけど、と遠慮がちに。本当にそれで仕事をしているのか明かしてやろう、という風ではなくて、単純に興味があるというキラキラした口調だった。
私の文章を見せるということは、AV女優であることも伝えることになる。でも不思議とそこに不安はなかった。むしろ、読んでもらいたいという気持ちが強かった。彼女は、何かを創りたいともがいていて、専門分野を語る時は楽しそうで。そんな姿に好感を覚えた。そして何より、私という人間に興味を持って、純粋に知りたいと思ってくれているのが伝わった。
だから私は、noteを見せた。
そして「AV女優です」と伝えた。
彼女は驚いていた。
でも「え、これ、読んでいいですか?」と嬉しそうだった。
そこに許可いるんや、と、ちょっと思ったけど。これも関東流なのかもしれない。
そのあとLINEを交換した。私は寝つきが悪いから、眠りに効く香りを作ってもらう約束までした。帰り際「また連絡しますね」と言い合えたことが、なんだか嬉しかった。
もう1人、打ち明けた人がいた。その日のコンサートで主役を務めた女性だった。彼女は、自分の仕事に対して強い意志を持っていた。
主役は孤独だということ。舞台を引っ張る立場だから、どんなことでも「大丈夫です」と言える強さが必要なこと。体を鍛えることは、身体のためだけじゃなく、心を前向きに保つためでもあること。表に立つ仕事だからこそ、アンチの声もたくさん届く。でもその人たちは決まって、その世界をよく知らない人ばかりだということ。
話を聞いているうちに、「この人ともっと話したい」と思った。彼女の語る内容に共感することがたくさんあったから。
私ははじめ、彼女に対しても「執筆の仕事をしています」とだけ伝えた。でも話が盛り上がるうちに、彼女は私の書いているものを「読んでみたい」と言ってくれ、「この人なら」と思えた。そして「藤かんな」のXを見せた。なぜAV女優になることになったのかを話した。『はだかの白鳥』という本を書いたことも伝えた。
彼女は本をその場ですぐ買ってくれ、AV作品も見ると言ってくれた。「最近パートナーとちょっと疎遠になってるから」と言って、少し寂しそうな表情をした。そのあと、女性ならではの性の悩みについて語り合った。肩書きがきっかけではなく、人と人として話せた時間だった。
でもこの日。AVのことを、打ち明けられない人もいた。その人は動画を作り、写真を撮り、音楽もやっているという男性。彼は自分の仕事についてたくさん話してくれた。でも聞いていると、仕事が楽しそうではなかった。
「今は動画も音楽も写真も儲からない」
その言葉からは、それでも好きだから続けているんだ、という熱量は伝わってこない。熱やこだわりのない人の話は、あまり面白くない。
私は彼にも「執筆の仕事をしている」とだけ伝えていた。すると話しているうちに、彼は言った。
「本のプロフィール写真とか、必要だったら全然撮りますよ」
「いやいや、西田幸樹さんにすんごい写真を撮ってもらってまんがな」
と、喉元まで出てきたが、引っ込めた。『はだかの白鳥』の本を印籠のようにかざしたかったが、もちろん持ち合わせていない。
彼は「撮りますよ」と親切で言ってくれたのだろう。ただそこには小さな違和感を覚えた。彼は私に興味を持っているというより、自分が持っているものを証明したがっているように見えたのだ。だからずっとしゃべっていた。撮った有名モデルの話とか、友人がセレブだとかいう話とか。それがカメラ機材の専門的な話なら、むちゃくちゃ聞くけど、有名モデルもセレブの話も、あなた自身の話じゃないじゃない。彼は今の自分にどこか自信がないから、言葉を尽くして、相手を遮断している。そうのように感じ取れた。
さらに、この人は違うな、と感じた点があと2点ある。まず私が独身でフリーだと知ると、「じゃあ付き合いましょう」と冗談を言ったことだ。ただの軽口なのは分かる。でもその軽さも含めて、嫌だなと思った。女性として見られることも、好意を向けられることも、嫌じゃない。ただその声の調子が、同じ目線の高さではない感じがした。
もっとはっきり言うと、なめんなよ、って気持ちが湧いた。私のこと何にも知らないのに、付き合うとか、軽々しく言ってんじゃねえ。惚れさせるだけの度量を見せやい。もはや、質の悪い下心を向けさせた、己の覇気の足りなさを悔しく思う。
そしてもう一つ、これは半分言い訳かもしれないけれど、彼には匂いがあった。香水とかの人工的なものでなくて、人間の匂い。心地よいと思えない匂いだった。これまで仕事やプライベートで、色んな人に会ってきて、縁の続く人は、匂いを何も感じない人か、いい匂いだと思う人だ。
だからきっとこの人とは縁がない。そのため仕事のことはもちろん、私は自分のことを何も伝えなかった。しかしこれが正しい判断だという保証はどこにもない。匂いも、軽口も、その日のコンディションや虫の居所次第で、いくらでも別の意味に転びうる。ただこの日は、自分の感覚を信じてみた。
こうして書いていて思う。
私は何を基準に、自分の仕事を打ち明けているんだろう。
何も知らない状態でも、一人の人間として向き合ってくれる人。知っても対話を続けてくれる人。自分の仕事に、もがきながらも誇りを持っている人。目の前の人生を、自分の足で歩こうとしている人。相手を評価する前に、「あなたはどんな人ですか?」と聞ける人。
そんな人には、自分のことを話したくなる。
ただ今でも、この人には伝えたいな、と思っても、タイミングを迷ったりする。でも最近は「言えそうだ」と思えた人には、堂々と伝えていきたいと思うようになった。本業であるこの仕事を、隠すのではなく、胸を張ってやっていきたいから。これからも。
この日、2人に打ち明けられたのは、きっとその表れだったのだと思う。
本『はだかの白鳥』はこちら。プロフィール写真はグラビア写真家の巨匠・西田幸樹さんに撮ってもらいました。ぜひご高覧を。
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