長寿のトリセツ62【長生きの最先端研究②】DNA配列を傷つけずに遺伝子のスイッチだけを操作する技術
ゲノム編集とエピジェネティック編集の違い
前回は、細胞の年齢そのものを巻き戻す「部分的リプログラミング」の研究を紹介しました。今回は、より精密に遺伝子のスイッチだけを操作する「エピジェネティック・エディティング(エピゲノム編集)」という技術を紹介します。
これまでの遺伝子治療では、CRISPR-Cas9などのゲノム編集技術によって、DNAの配列そのものを切り貼りするアプローチが注目されてきました。しかし、この方法には、意図しない場所を切ってしまう「オフターゲット効果」など、予期せぬ副作用のリスクが伴います。
これに対し、DNAの配列には一切手を加えず、遺伝子のオン・オフに関わる化学的な目印(メチル化など)だけを操作する技術が、エピジェネティック・エディティングです。
「CRISPRoff」という技術
この分野の代表的な研究の一つが、米カリフォルニア大学サンフランシスコ校のヌニェス博士らの研究チームによる報告(Nuñez JK, Chen J, Pommier GC, et al. Genome-wide Programmable Transcriptional Memory by CRISPR-Based Epigenome Editing.)です。この研究では、DNAを切断しない「dCas9(デッドCas9)」というたんぱく質に、DNAメチル化酵素とヒストン修飾に関わるたんぱく質を結合させた「CRISPRoff」という分子ツールが開発されました。
CRISPRoffを一時的に細胞内で働かせるだけで、標的とした遺伝子に安定したメチル化が生じ、その遺伝子の働きが長期間(細胞分裂を経ても、幹細胞が神経細胞に分化した後も)抑制された状態が維持されることが示されています。さらに、この抑制状態は「CRISPRon」という対になる技術によって、再び解除することも可能とされています。
将来の医療への応用可能性
こうした技術は、DNAの配列を変えずに遺伝子の働きだけを調整できるため、従来のゲノム編集に比べて安全性の面で期待されています。将来的には、特定の疾患関連遺伝子の働きを抑えたり、逆に細胞修復に関わる遺伝子を活性化させたりする治療法への応用が研究されています。ただし、これらはまだ基礎研究・前臨床の段階にあるものが中心であり、ヒトでの臨床応用にはさらなる検証が必要です。
次回は、私たちが日々経験する「孤独」や「言葉」といった社会的な要因が、遺伝子の働き方にどう関わりうるのかを解説する「社会的エピジェネティクス」を取り上げます。
参考文献
CRISPRを基盤としたエピゲノム編集による遺伝子発現の長期的な制御
論文名:Genome-wide Programmable Transcriptional Memory by CRISPR-Based Epigenome Editing.
著者:Nuñez JK, Chen J, Pommier GC, et al.
掲載誌:Cell (2021)
内容:DNAを切断しないdCas9にDNAメチル化酵素などを融合させた「CRISPRoff」という分子ツールを開発し、標的遺伝子の働きを細胞分裂や分化を経ても長期間抑制できることを示した研究です。
