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外した自転車のベルトを、もう一度つけようとした。保育園に行きたくなかった朝

1歳7か月も終わりかけの朝、次男は、保育園に行きたくなかったのかもしれない。

もちろん、そう言ったわけではありません。

まだ、自分の気持ちを言葉で説明できる年齢ではないから、本当のところは分からない。

でも、朝の小さな行動をつなげていくと、

「今日は、ママと一緒にいたかった」

そんな気持ちが見えたような気がしました。

寝起きにサッカーを応援して、
穏やかな朝

その朝は、いつもより少しゆっくり始まりました。

次男はパンを食べながら、私と一緒にサッカーのアーカイブを見ながら応援していました。

寝起きの頭はボサボサ。
パジャマ姿で、朝ごはん。
手もベタベタ。

その手でたまに髪を触るから
自然に毛先が固まります(笑)

👩「すごい髪型できてるやん。」
思わず笑ってしまうような頭で、のんびりした顔で30分くらいかけてパンを食べてました。

保育園に行く前の、ごく普通の朝。

でも、朝からサッカーを見ていたせいか、なんだかお休みの日のような雰囲気でした。

今振り返ると、次男は、この時間がもう少し続いてほしかったのかもしれません。

パンを食べ終え、いつものように自転車に乗せました。

次男の席は、もちろん一番前。

そこへ座わって、ベルト締めて、いくよーの掛け声が、毎朝の流れになっています。

外したはずのベルトを、もう一度

保育園に着き、私が自転車のベルトを外しました。

👩「着いたよ。降りるよ〜」

私は自転車のベルトを外しました。

すると、

その小さな手で、

カチャン。

もう一度ベルトを持った。

「あれ?」

と思って見ていると、

一生懸命、

もう一度つけようとしている。

もちろん、

まだできない。

でも、

また挑戦する。

ガチャガチャ
もう一回。

また。

…。

その姿を見ながら、

私は最初、

「自分でやりたいんやな。」

そう思っていた。

でも、

あとから思った。

もしかしたら。

まだ降りたくなかったのかな。

「もう一度、自転車に乗りたい。ママと一緒に、どこかへ行きたい」

そんな気持ちを全身でアピールしてる。
そう、見えて仕方ありませんでした。

もちろん、本当のことは分かりません。
私が勝手に想像しているだけ。

でも、あの小さな手は、いつもより長くベルトをガチャガチャしながら握っていました。

いつもなら座れるのに

園の中に入っても、次男はなかなか、お友達がいる2階へ上がろうとしませんでした。

いつもなら、私と一緒に数を数えながら階段を上がり、部屋に入って、自分の席に座ります。

でも、その日は足が進みません。

階段の手すりに、ぎゅっとつかまったり、窓の外を見たりして
中々動こうとしませんでした。

仕方ないので、抱っこして2階へ上がり、いつもの席に座らせました。

すると、次男は泣き出しました。

いつもなら、ちゃんと座ってくれるのに。

先生が来てくださっても、涙は止まりません。

その顔を見たとき、なんとなく感じました。

今日は、本当に行きたくなかったんだよね。
ママと一緒にいたかったんだよね😢

なんだか、私も胸が少しキュッとしました。

大人にとっての「いつも」でも

少し前まで、週に一度は次男と二人で過ごす日がありました。

ベビースイミングへ行ったり。

一緒に散歩をしたり。

特別なことをしなくても、急がずに二人で過ごしていました。

でも最近は、私も少し忙しくなり、保育園へお願いする日が続いていました。

私にとっては、

「今日も、いつもの保育園」

でした。

先生もいる。お友達もいる。楽しい遊びもある。

安心して過ごせる場所だと分かっているから、預けられる。
保育園があることがもう日常です。

でも、私にとっての当たり前が、この子にとっても同じとは限りません。

1歳の次男には、

「先週まではママと過ごす日があったのに、最近は毎日保育園だな」

なんて、言葉で整理することはできません。

ただ、

今日は離れたくない。

もう少し一緒にいたい。

自転車から降りたくない。

階段を上がりたくない。

そんな気持ちを、行動や涙で伝えていたのかもしれません。

小さなサインに気づくだけでも、気持ちは受け止められる

泣いている次男と別れたあと、胸の中に少し罪悪感が残りました。

最近、一緒の時間を取れてるかな。

一緒にいても、私忙しくして遊んであげれてないかもしれない。
絵本もここ数日開いてなかったかも。

保育園、今日は休ませたほうがよかったのかな。

考え始めると、いくらでも自分を責められます。

でも、次男が泣いた理由は、一つではないかもしれません。

眠かったのかもしれない。

朝の楽しい時間を、もう少し続けたかったのかもしれない。

ただ、その瞬間だけ、離れるのが寂しかったのかもしれない。

本当のところは、次男にしか分かりません。

泣かれると、預けることに罪悪感を覚える朝もあります。


でも、保育園に預けて、子育てを助けてもらうことと、
「今日は、ママと一緒にいたかったのかもしれないね」
を叶えてあげられなくて、ちょっと寂しい
その気持ちに気づくこと。

その二つは、両立していい。
私はそう思います。

毎日ずっと一緒にいられなくても、だからこそ、子どもが教えてくれる小さなサインに気づくことはできます。
気付けば、そこから今出来ることを全力でやってあげたらいい。
そう思うようにしました。

ことばが話せなくても、行動が教えてくれる

あの朝、次男は自転車のベルトを自分でつけようとしていました。

「自分でやりたい」「まだ自転車降りたくない」

その気持ちは、きっと本物です。

保育園では泣きました。

「ママと一緒にいたい」

もし、そんな気持ちがあったとしても、それも本物です。

小さな子どもの心は、大人が思うよりずっと複雑で、
どうしたいのか意思もしっかりあって、
毎日全身で表現をしてくれているのかもしれません。

ところで、その後どうしてた?

泣いている次男と別れてからも、私はずっと気になっていました。

今日は、一日中こんな調子だったのかな。

ちゃんと遊べたかな。

お迎えに行ったとき、先生に聞いてみました。

👩「今日、その後はどうでしたか?」

すると先生は、いつもの調子で教えてくれました。

☺️「最初は少し寝ていましたけど、起きてからは元気に遊んでいましたよ〜」

☺️「野菜スタンプをすごく気に入って、いろいろ作っていました」

どうやら、保育園ではすっかり気持ちを切り替え、楽しく過ごしていたようです。

……朝だけか〜い(笑)。

あんなに心配していた私は、思わず心の中でツッコみました。

でも、安心しました。

朝、離れたくなかった気持ちも本物。

そのあと、野菜スタンプを楽しんだ気持ちも本物。

子どもの心は、朝の涙ひとつだけでは決められません。

泣いて別れた日は、その顔だけが頭に残り、その子の一日すべてが悲しかったように感じてしまいます。

けれど、親が見ていないところで、子どもは笑ったり、遊んだり、新しい楽しみを見つけたりしている。

だから、心配な朝は先生に一つだけ、

「その後、どう過ごしていましたか?」

と聞いてみる。

そうすれば、朝の涙だけでは見えなかった「その子の一日」を知ることができます。

言葉にならなかった朝を、残しておきたい

いつか次男も、自分で自転車のベルトを外せるようになります。

自分で荷物を持ち、私を振り返ることなく、園や学校へ入っていく日が来るでしょう。

駄々をこねる朝が懐かしくなることも、私は知っています。

その頃には、今朝のことを忘れてしまっているかもしれません。

寝起きの、すごい髪型。

ゆっくり食べていたパン。

一緒に応援した朝かあら応援したサッカー。

外したベルトを、もう一度つけようとした小さな手。

階段の前で止まった足。

席に座ったあと、こぼれた涙。

そして、私の心配をよそに、夢中で遊んでいた野菜スタンプ。

本当は

あの日、

ベルトをつけたかったのか。

帰りたかったのか。

それとも、

ただママと一緒にいたかったのか。

今になっても分からない。

でも、

分からないからこそ、

残しておきたい。

きっと、

言葉にならなかった、

あの日のあなたの気持ちを。

「保育園で泣いて困らせた日」ではなく、

「ママと一緒にいたい、ベルトしたらまだ自転車乗れるでしょ?ぼく保育園に行きたくない。でも保育園楽しかった〜。」を全身で表現した日

そんな一日として。

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