1歳9か月。「アイスクリームください」が言えない息子の、全力の交渉術
1歳9か月の息子は、最近ぐんと言葉が増えた。
夜空にお月さまを見つけると、指をさして、
👶「ムーン、ムーン!」
そして私のほうを見て、
👶「ママ! ママ!」
と、力いっぱい教えてくれる。
まだ会話らしい会話はできない。それでも、見つけたものや感じたことを、一生懸命伝えてくれるようになった。
「ああ、今この子とコミュニケーションを取れてるな」
そう感じる瞬間が増えて、たまらなくかわいい。
そんな息子にも、ひとつ気がかりなことがある。
ご飯を、なかなか食べてくれない。
食べたい。でも、飲み込みたくない
食事の前には、ちゃんと「いただきます」をする。
ご飯を口いっぱいにほおばり、おいしそうにモグモグする。
ここまでは完璧。
ところが、しばらくすると全部ベーッと出してしまう。
気に入ったものは食べるけれど、少しお腹がいっぱいになったり、ほかに食べたいものを見つけたり、「これはちょっと違うな」と思ったりすると、すぐに出す。
「食べる気がない」というわけでもなさそうだ。
むしろ口には入れたがる。食べる意欲はある。でも、実際にどれくらいお腹に入ったのかが、よくわからない。
保育園でも、先生が小さなスプーンに一口分ずつ入れて、食べやすいように工夫してくれている。それでも、口に合わないと出してしまうことがあるらしい。
だから息子は、かなり細身だ。
成長の範囲内ではあるし、元気もある。今のところ、過剰に心配する必要はなさそうだと思って見守っている。
とはいえ、保育園から帰ってきた息子は、たいていお腹が空いている。
たぶん、ものすごく。
お弁当を食べたから、もう満足したと思っていた
夏休みのある日、上の子のサッカーの練習を見に行った。
練習前に上の子へお弁当を出すと、息子もすぐに気づいて、
👶「ママ! ママ!」
と、自分にもお弁当をくれとアピールする。
もちろん、息子の分も用意してある。
たくさん口に入れて、少し食べて、少しこぼす。また口に入れて、今度は出す。
そんなことを30分ほど繰り返した。
最後にゼリーも食べたので、「もう満足しただろう」と思って食事を切り上げた。
ところが、サッカーの練習を見ていると、私が自動販売機で買ったジュースを欲しがった。
これは、いつものこと。
人が飲んでいるものは、自分も飲みたい。だから、そのときはあまり気にしていなかった。
問題は、そのあとだった。
アイスを持ったお兄さんを見つけた息子は……
アイスクリームを食べながら歩いている、知らないお兄さんたちが通りかかった。
息子は、たぶんそれが「アイスクリーム」という名前の食べ物だとは、まだ知らない。
でも、お兄さんたちが何かおいしそうなものを食べていることだけは、しっかりわかったらしい。
次の瞬間、息子はお兄さんたちのほうへ走っていった。
そして、近くにあった椅子を指さした。
わが家では、何かを食べるとき、いつも息子にこう伝えている。
👩「ここ、座ってな」
だから息子は、椅子を指さしながら、何か言っていた。
おそらく、お兄さんたちにもこう伝えていたのだと思う。
👶「ここ、座って」
もちろん、お兄さんたちは座らない。
すると息子は、自分がその椅子にちょこんと座った。
その姿を見て、私はようやく気づいた。
👩「あ、これ……『アイスクリームください』ってアピールしてるんかも」
自分が椅子に座れば、お兄さんたちも来てくれる。
来てくれたら、あのおいしそうなものを分けてもらえる。
息子なりに、知っている言葉とルールを総動員して、交渉を試みたのではないだろうか。
しかし、息子の交渉に気づかないお兄さんたちは、そのまま通り過ぎていった。
すると息子は、慌てて椅子を降り、お兄さんたちを追いかけ始めた。
その背中は、どう見ても、
👶「なんで? なんでアイスクリームくれないの?」
と言っていた。
私も急いで追いかけ、息子を抱き上げて連れ戻した。
知らない人のアイスクリームをもらいに行く息子。
👩「ちょっと待って。しっかりお腹減ってるやん。ご飯、全然足りてないやん。そんなに欲しかったんや」
申し訳ない気持ちと、あまりにも堂々とした交渉がおかしい気持ちで、私は笑いそうになった。
「食べない」と「食べたくない」は、同じじゃなかった
家に帰り、上の子のためにおにぎりを作った。
すると息子が急いで駆け寄ってきて、机の前の椅子にちょこんと座った。
👶「僕も、おにぎりが欲しい」
そう言っているようだった。
私がおにぎりを作っている横から手を伸ばし、できたものをつかんでパクパク食べる。
もちろん、全部きれいに食べられるわけではない。
こぼすし、口から出すこともある。
それでも、食べようとする意欲は、ちゃんとあった。
👩「お腹、減っとったんやね」
上の子がゼリーを食べ始めると、息子もまた私を呼んだ。
👶「ママ! ママ!」
まだ「僕もゼリーが欲しい」とは言えない。
でも、声と指さしと視線と行動を全部使って、息子はちゃんと自分の気持ちを伝えている。
私はいつの間にか、息子がどれだけ食べたか、飲み込んだか、こぼしたか、体が細くないか――そんな「目に見える結果」ばかりを気にしていたのかもしれない。
でも息子の中には、ちゃんと「食べたい」がある。
ただ、それをうまく食べられない日がある。
食べたいものが、そのときどきで変わる。
そして言葉にできない分、全身を使って伝えようとしている。
言葉になる前から、子どもはこんなにも話している
子どもは、言葉が少ないからといって、伝えたいことまで少ないわけではない。
椅子を指さすこと。
自分からそこへ座ること。
通り過ぎる人を追いかけること。
「ママ!」と何度も呼ぶこと。
その一つひとつが、息子にとっては立派な言葉なのだと思う。
大人の私が、それを全部正しく理解できるわけではない。
「もうお腹いっぱいだろう」と思っていたら、知らない人にアイスクリームをもらおうとするくらい空腹だったりする。
まだまだ、すれ違う。
それでも、息子は伝えることを諦めない。
今日もきっと、知っている言葉と身ぶりを総動員して、私に何かを教えてくれる。
だから私も、ちゃんと見ていたいと思う。
ちなみに、アイスを持った知らないお兄さんに椅子をすすめ、自分もそこに座っておすそ分けを待つという、息子の交渉術。
言葉をしっかり話せるようになったら、いったいどうなるのだろう。
少し楽しみで、少し怖い。
