※長め※ 転職、国際派女子のリアル。
振り返ってみると、これまでかなり自己流で仕事を見つけてきた。
何が普通なのか、もはやわからないけど…
大学卒業の時は、日本的なメンバーシップ型の新卒大量採用の意味がわからず、「なんで配属部署もわからないのに仕事に応募できるのだろう」と不思議で仕方なかった。辿り着く先が見えないから、全然やる気が出なかった。しかも、3年秋から4年夏まで留学していて、帰国したらすでに新卒採用がほぼ終わっていた。なんで新卒採用がそんなに早いのかも理解不能だった。教員免許の単位と教育実習と卒論だってまだだった。私的にはまじで就活どころじゃなかった。
結局、大学4年の1月ごろにようやくやってもいいかもと思える仕事が見つかった。友だちの紹介だった。当時まだ目新しかった紹介予定派遣で、職種が初めからわかっているポジションだった。英語力を活かせる、海外営業部門のアシスタント職だった。(その友だちは内定を蹴って、就活を一からやり直していて、私に紹介予定派遣を教えてくれた。今でもめちゃくちゃ感謝してる!)
そこで5年働いて、次はワーホリへ。日本で知り合ったイギリス人の女の子に、ご飯と宿付きでファームステイできるWWOOFっていう仕組みを教えてもらって、「これだ!」とほぼ直感でその世界に飛び込んだ。海外でもっと暮らしたかったし、イギリスの田舎を安く旅できるなんて最高だと思った。イギリスのワーホリは2年間。それも魅力だった。
結局、それが2年では終わらず、続けてオーストラリアへも2年。今でもあの時期が最高に楽しかった。夫にイギリスで出会って、2人でイギリス、オーストラリア、その後アジアへも旅行した。海外滞在欲はここで十分過ぎるほど満たされて、やっぱり日本が住みやすいってことで帰国。
その後大手英会話スクールの英語講師になったけど、待遇悪すぎて3ヶ月でやめてしまった。次は英語教材制作の仕事をしたけど、派遣で収入不安定、事業の先行きも怪しくて1年半で退職。英語の教育者になるのが夢だったけど、学校教師はWLBゼロだし、英会話スクールはブラック。
理想と現実は違った。
でも英語力を生かして頑張ろう!と、次は日系グローバル企業の広報PRアシスタントに。すごく私に合ってた職場だったし、事業自体もすごく意義のあるものだと思えた。でも、コロナで事業が行き詰まり、会社は解散。何事もいつかは終わるけど、この終わり方はけっこう悲しかった。本当に価値あるものが、ビジネスとして成功するとは限らないのだと、またまた痛感した。
その後、親会社へ転籍できたのは、コロナ禍だったことを思うと幸運だった。同僚や上司にも恵まれた。だけど、望んだ方向転換ではなかった。今思うと、たぶんそれがよくなかったんだな。慣れない仕事、自分の価値観を重ねられない仕事、理不尽なトップダウン体質の職場で、常にストレスと虚無感があった気がする。「自分らしい」から離れてしまうと、心がむしばまれる。いずれそれが体調不良になってしまうこともある…
(実際、体調を崩してしまったんだけど、それは別の機会にします。)
最近、新卒採用を一切やめてジョブ型採用(職種が初めから決まっている採用方法)に切り替えた企業があると聞いた。「時代がやっと私に追いついた!」と心の中でつい叫んでしまった。
今も昔も、私は「自分らしさ」を求めて生きる。
次の仕事は、しっかり自分で選んだ道に進む。ぞ!
