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(小説)ウラハラ 第四話 彼の話

 彼はいつものように、西武新宿線の下井草から電車に乗った。隣駅ですぐに降りて急行に乗り換えるつもりなので、出入り口付近のつり革につかまる。目の前の車内広告にはサンシャイン水族館のイベント告知が出ている。最近はずっとこれなのでもう見飽きたなと思っていたら、不意に目の前に腰かけていた若者が席を譲って来た。一瞬座らせてもらって乗り換えずに、このまま仕事場である新宿まで行こうかとも思ったが、自分がまだ席を譲られるほどの歳だとは思いたくない。いつも通り次の鷺ノ宮駅で降りて、急行に乗り換えようと思いとどまって断った。
  
 折角の申し出を拒否されて、若者の方はバツが悪そうにしている。声をかけるのも勇気がいただろうに、申し訳ない事をしたなと思った。同時に今後その若者に幸運が訪れる事を、心の奥底でそっと願った。
 
 鷺ノ宮で乗り換えた急行は、予想通り座れる程空いてはいなかった。ただ、新宿までは十分ちょっとの時間である。彼は二日後放送予定の星座占いの内容を考えていた。各星座の運勢の順位はキチンと毎回占っている。彼は新宿ではちょっとは名の知れた占い師だ。しかしラッキー何とかは完全に思い付きである。昨日はネタ切れで、今朝放送分の最下位に関しては、苦し紛れに『イワシの竜田揚げ』などをあげてしまった。サンシャイン水族館の車内広告を見過ぎたせいかもしれない。あの水族館は、入ってすぐの巨大水槽で泳ぐマイワシが物凄い迫力で圧倒される。苦情は来ていないと思うが、せめて缶詰でも売っている、『さんまのかば焼き』位にしておけばよかったかなと反省していた。
 
 いや、サンシャイン水族館の広告の影響だけではないような気がする。なぜかその昔高田馬場の定食屋で食べた、『イワシの竜田揚げ』を思い出したのだ。最近では高田馬場で降りる機会はめっきり無くなってしまったが、当時は毎週土曜日に用があって通っていた。その店は土曜日でも営業していたのでよく訪れた。そう言えばマスターはサンシャイン水族館が好きで、娘と良く行くと話していた。あの店は今でもやっているのだろうか? 近々久しぶりに行ってみようかなと、ふと思いついたところで電車は西武新宿駅についた。
 


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