それは享受を与えている側が言うセリフだ
「一緒にいれるだけで幸せだから、全部おごってあげたい」
「大切な家族のためなら家事や料理も苦じゃない」
「愛があれば歳の差なんて関係ない」
「これで君が喜んでくれるなら安いものだよ」
「困っている人がいたら助けるのは当然のことなんだから気にしないで」
ドラマや漫画でよく使われていそうな、ハートフルなセリフたち。
これらは、自分の厚意でやってあげたことを、相手に対してへりくだって表現するための言葉である。
つまり、相手に何かメリットを与えたり自己犠牲を捧げている側が(上記の例でいくと、おごる、奉仕、若さ、プレゼント)、自分の行為によって相手が恐縮しないようにと配慮をしてあげているのだ。
相手が自分の厚意を受け取るにふさわしい存在である、もしくは相応の理由があるのだから、ぜひ受け取ってくれというホスピタリティ精神から発せられる言葉なのだ。
それを逆手にとってというか、意味を履き違えて使用されている例が多々見受けられる。
「私のことが本当に好きなら、デート代、ご飯代、全部奢ってくれて当然」
「愛する夫のためなら、妻は仕事終わりにご飯の支度をして、掃除・洗濯をして、朝はシャツにアイロンをかけておくのは当たり前だ」
「愛に歳の差は関係ないのだから、いくら歳下の異性に対してであろうと自分の恋愛感情は尊重されるべき」
こんな風に、相手に自分の要求を押し付けたり、自分を正当化するための免罪符ではない。
なぜ自分に都合良く解釈して、勘違いも甚だしく、厚かましい姿をさらけ出せるのだろうか。
恥ずかしいという感情がないのだろうか。
私の好きな漫画「深夜のダメ恋図鑑」で、まさにこれと同じ展開が描写されている。
彼女の家に転がり込んだ男が、家事を一切やらないくせに、彼女の方が稼いでいるからという理由で生活費さえも出し渋り始めるというエピソード。
佐和子:「家にお金もロクに入れない、家事もしない、じゃあ諒くんの存在意義って何?そんなんであたし諒くんといてどんなメリットがあるっていうの?」
諒:「なんだよ『メリット』って……人づき合いってそういうもんじゃないだろ……佐和子……人といることを損得勘定ではかるような奴なのかよ…あきれたよ!佐和子がそんな心の貧しい人間だったなんて……!」
佐和子:「いやいやいや。それ諒くんが言うセリフじゃないから—――
『お客様は神様です』って客側が言うセリフじゃないでしょ?店側の人間が言うセリフでしょ?それと一緒!人間関係は損得ではかるもんじゃないってソレ、得を与えてる側の言うセリフだから!」
――職場にて――
諒:「彼女が俺といるメリット…佐和子にとって俺という存在がメリットじゃないのかよ……!」
同僚:「いやいやそれもオマエが言うセリフじゃないから。どんだけ自己評価高いんだよ」
現実世界にここまでヤバい人はいないと思いたいが、こういう思考をするタイプの人って実際に存在するものだ。
見ての通り、異常に自己評価が高く他責思考なのだが、客観的に自分を省みるということをしないため、本人には全くその自覚がないのが恐ろしいところだ。
住んでいる世界が違うというか、理屈が通用しないので、話が一向に伝わらない。
さらに、こういうタイプの人は相手に罪悪感を感じさせるような言葉を使うのが妙にうまかったりする。
こちらに非はないのに、まるで自分がとても非情で冷たい人間かのように錯覚させられる。
心が弱くて優しい人はこのような手口に丸め込まれかねないので、どうか気を強く保って、厚顔無恥な人たちが世に蔓延るのを許容しないでほしいと願うばかりだ。
