「ちゃんと育てなきゃ」に疲れた人へ。── 江戸時代は“とりあえず生きてればOK”だった話(育児|子育て|江戸時代|歴史に学ぶ|ワンオペ育児|パパの子育て|エッセイ子育ての悩み|自己肯定感|神様育児)
夜泣き、離乳食、イヤイヤ期。
スマホを開けば「正解」が溢れていて、
指先ひとつで「理想の親」と比較して、
勝手に落ち込む日もある。
ふと、思った。
「この悩み、江戸時代の人はどうしてた?」
少し調べてみたら、そこには
違っていて、でもどこ現代にも似ている、
“究極にやさしい子育て観”が転がっていた。
■ 「7歳までは神のうち」という魔法
江戸時代、子どもの生存率は高くなかった。
だからこそ、
「7歳までは、神様からの預かりもの」
魂がまだこの世に定着していない、
いわば“神様モード”。
ここが、現代との決定的な違いだと思った。
現代:早く自立させなきゃ
江戸:とりあえず生きててくれれば100点
だから江戸の親は、叱りすぎなかったよう。
魂がふわっと戻ってしまわないように。
「甘やかす」が、ちゃんと役割だった。
スーパーで大泣きする我が子を見て、
「今この子は神様モード全開だ」
そう思えたら、ほんの少しだけ肩の力が抜けた。
■ 孤独な「密室」 vs 騒がしい「長屋」
今の育児は、静かで安全。
オートロック、防犯、プライバシー。
でもその裏で、
「ワンオペ」という孤独も抱えている。
江戸の長屋は、その真逆。
壁は薄く、プライバシーはほぼゼロ。
でもその代わり、距離もゼロ。
母親が手を離せなければ、
隣のおじいちゃんが勝手に抱っこする。
通りすがりの誰かが、一緒に遊ぶ。
いわば、“社会全体が保育園”みたい。
迷子札が機能していたのも、
「誰かが助ける前提」の社会だったから。
今の会社に子どもを連れて行ったら、
たぶん大混乱になる。
でも、その“ちょっとしたカオス”の中にこそ、
人のぬくもりがあったんだと思ったりもする。
■ 「命の不安」から「正解の不安」へ
江戸の親は、
「明日もこの子は生きているか」を祈った。
現代の僕たちは、
「どう育てるのが正解か」を検索する。
医療が進歩して、命の不安は減った。
これは間違いなく素晴らしいこと。
でもその代わりに、
「情報の海」で溺れるようになった。
「寝かしつけ 正解」
「怒り方 正解」
調べれば調べるほど、
「今の自分、間違ってるかも」が増えていく。
江戸には検索はない。
あるのは、隣のおばちゃんのひとこと。
「まあ、なんとかなるよ」
この一言の安心感、すごかっただろうな。
■ 江戸のパパは「育児メン」だった?
「イクメン」という言葉、
江戸のパパが聞いたらたぶん笑う。
そもそも、分けていない。
職人も商人も、家が仕事場。
仕事のすぐ隣に、子どもがいる。
「手伝う」じゃない。
最初から混ざっている。
仕事と育児が、地続きだった。
現代のパパは、
仕事モード → 育児モードへ切り替える。
この“スイッチの重さ”が、
しんどさの正体かもしれない。
だから、もう少し雑でいい。
もう少し混ざっていい。
江戸くらいの“ゆるさ”、
ちょっと見習ってもいいと思う。
■ その悩み、ちゃんと正しい
もし今、スマホを握りながら
「どうすればいいんだろう」って
立ち止まっているなら。
これだけは、忘れないでほしい。
その悩みは、ちゃんと正しい。
そしてそのほとんどは、
300年前の親たちも、形を変えて抱えていたものだと思う。
完璧じゃなくていい。
頼りたくなるのも当たり前。
そんなときは、
ちょっとだけ想像してみてほしい。
江戸の長屋。
知らないおじさんが、背中をぽんと叩いて、
「まあ、なんとかなるよ」
って笑ってくれる光景を。
「生きていれば、100点」
その価値観は、今でもちゃんと使える。
そう思っている。
■ 今日の教訓
「正解」を探す手を、少しだけ止めてみる。
その代わりに、
今ここにいる我が子を、ちゃんと見る。
7歳までは神様。
…いや、それ以降も、ずっと宝物。
江戸流の“いい加減”こそ、
現代を生き抜く、ちょうどいい航海術。

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