恋する女は嫌いだ /会話劇
フリーライターの鈴木が喫茶店で一人、アイスコーヒーを啜っている。
編集部のO氏と待ち合わせだ。最近はウェブ上で打ち合わせを済ませることがほとんどだが、O氏は決まって店での打ち合わせを指定してくる。
そうこうしているうちにO氏がやってきた。
「お待たせしてすみませんね、あ、でもそんなにコーヒー減ってないからそんなに待ってなさそうですね」
「いやいや、Oさん。これが一杯目だといつから錯覚していました?」
「お!今日は調子良さそうですねぇ。これなら安心して今回の仕事も任せられそうだ」
「で、今回はどんなテーマなんです?」
「テーマはズバリ『恋する女は嫌いだ』です」
「『恋する女は◯◯が嫌いだ』ってことですか?それとも『私は、恋する女が嫌いだ』ってことです?」
「あーもう全然後者。電電公社」
「Oさん、電電公社なんて知らない世代でしょ?」
「あーもう広げなくていいところは広げない。これ良い文章の鉄則ですよ」
「まぁ…言いたいことは色々ありますが……。確かにそれはそのとおりだと思います」
「さぁ、『恋する女は嫌いだ』ですよ。鈴木さん嫌いでしょ?恋する女。」
「いや、特にそんな風に思ったことは無かったですけど…」
「嫌いですって。分かりますもん。眼鏡の男は大体そうだから」
「(凄い偏見だな…)そんなもんですかね?」
「そんなもんです。なので今回は簡単だと思いますよ。普段の感情を書けばいいだけですから」
「(だから嫌ってないってば…)ちなみに、なんでこんなテーマに決まったんです?これどこかにニーズあります?」
「編集長」
「え?」
「編集長にニーズがあって編集長が決めた」
「(お宅のウェブマガジン、もう駄目だろ…)へぇ、編集長直々の企画ですか」
「そう。だからよろしくお願いしますね」
「いや…ちょっと待ってくださいよ。これ相当な数の女性を敵に回すことになりますよ?」
「そうとも言い切れないでしょ。これは男vs女の構図とは限らないわけだし。恋する女がムカつくって女性もたくさんいるかもしれないでしょう?」
「(時々鋭いこと言うんだよな、この人…)まぁ、確かにその視点はありますね。でもですよ、私は男ですから、やはり敵が増えるというか、今後の仕事にも影響が…」
「あれ?鈴木さん、どんなお題からでもエッセイが書けるエッセイストじゃなかったんですか?」
「そうなれたらいいな、というだけの話ですよそれは」
「なりましょう!いや、もう半分なってる!先月のエッセイも評判良かったですよ〜、ほらなんだっけあの『瓜』がテーマの…」
「『爪』ですよ、爪。そんなおだてには乗りません」
「ま、でもなんだかんだ言っていい仕事するんだから鈴木さんは。書けるでしょ?このテーマでも」
「『書ける』と『嫌われても構わない』は別なんですよ」
「いーや、貴方は『好かれる』とか『嫌われる』とかよりも『書く』『創る』を選ぶ人間だ」
「(…こういう台詞がポンと出てくるのがこの人を嫌いになれないところなんだよなぁ)分かりましたよ。とりあえず引き受けます。あんまり自信はないですけど」
「自信がないから結果良いものが書けるんでしょ?」
「Oさん、今日は調子いいですね」
「分かっちゃう?今恋してるからね。新人のマリちゃんに」
「それはどうも…」
「じゃ頼みましたよ。出来たらいつものところへ送ってもらえればいいんで」
「了解です」
「ところで鈴木さん自身は何か恋愛で嫌な思い出とかあります?」
「いや、特別なものは…ただ、恋してる人って自分のことしか見えなくなる時あるじゃないですか……。私もかつてはそうだったんでしょうけど」
「でもそういう時って、自分の価値を高めようと努力したり、相手の良いところばかり見つけたり、これって世の中いい方向に向かう気配しかしなくないですか?」
「……Oさん」
「はい?」
「今、雑誌の特集そのものを否定しましたよね?」
「あ」
鈴木はアイスコーヒーを飲み干して呟いた。
「……書ける気がしないなぁ」
甘野充さんのアマノ文筆クラブの企画に参加させていただきたく執筆しました。
ちょっと逃げましたね、すみません…
追記
リンクが上手くいってなかったようで、投稿し直しました。すみません。
