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宮廷文学

『とはずがたり』を読んでいます。
字が書ける女性は、当時は家の格を表していたのだろう。

相関図をみればメロドラマだけど。

作者は女房として扱われて、ダンナから、ダンナの友人にあてがわれている。本人は受け入れている。社会構造なのだろう。

貨幣理論の目線だと、女性は「トークン」。女性に「名前」がない理由が分かる。職業や「の娘」という記号。
現代では旧姓で世論の争いになっている。女性軽視の根は深いのよ。80年前に女性に人権が「与えられ」た社会OSだから。

4人の子どもを産んだけど、父は違う。その子どもたちの中で授乳したり、おむつを替えたのはひとりだけ。その時始めて子育ての感情を書いている。しかし成長を見届けたかは分からない。

現代フェミニズムの目線だと、子宮の資源化そのもの。子宮の資源化といえばさ、俺達ニンゲンは家畜の借り腹や品種改良を何とも感じないじゃん。寧ろ、進歩だと思っているじゃん。家畜にはニンゲンとは異なる自由意志がある。ニンゲンとは同列に比較出来ないけど、殺生を禁止しても女性の資源化を禁止しなかった理由は、資本主義的だよね。俺達ニンゲンの業だね。世代をまたぐ課題だと思っています。

西行に憧れて出家されている。

善光寺にも行っている。

当時を想像すると、なんて自由なのか、恵まれているようにみえる。貴族だなあと思う。それを支えた農民は大変だが。

しかし、男社会から求められるトークンとしてのスキル(美貌と知性と出産)が、なんていうか、現代と全く変わらなくて、社会構造の変化がなくて、恐ろしいことやね。

文章は活き活きしている。感情が入っている。書き残しておこうということなのだ。

感情と社会OSは別なのだ。
俺達の本体は社会OSの方なんだが、記録(文字)は残せる。手書きが良い。そういうことなのよね。

こんなことを、55歳のおっさんが書いてもね、大抵の人たちは、ポカーンだなあ😂
寧ろ、巧妙なナンパだと怪しまれる😂
そんなものだ。

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