逆説の因果論
NO.10
子供の頃から手品に興味を持っていた。
愛読書は学研ひみつシリーズの“手品のひみつ“。
何故の追求が日常の中で唯一の楽しみだった。
物事には原理・道理・仕組みが必ずある。
手品とは、原因を気付かせないで結果を見せるエンターテイメントと言えるだろう。
仏教においての因果論では、原因と結果とは、
『ある事象を惹起させる直接的な基と、それによってもたらされた事象。一般には、事象Aが事象Bをひき起こすとき、AをBの原因といい、BをAの結果という。このとき、AとBの間には因果関係があるという』とされている。
そう、
一般的には、原因があるから結果があると解釈されている。
それは、“時間の流れを大前提に考える常識"から起きる考え。
ところが、宇宙の6大要素を大前提に考えると、結果を成立させるために原因があると言う考え方になる。
もう少し踏み込むなら、"その結果を成立させるために、原因と結果までの過程を発生させた"と言う考え方になると言うこと。
例えば、
地球から見て、ちょうど太陽の真裏にある星は観測できないはずだ。
しかし、観測機を少し左右にずらすことで、太陽の真裏にある星を観測することができる。
これは太陽の質量が、太陽の周りの空間を歪めることにより、光は湾曲して進む、と言う物理学の法則によって実現する。
これを宇宙の6大要素を前提に考えるとこうなる。
結果とは覚悟と宣言。
"太陽の真裏の星を観測する"と言う覚悟と宣言が、それを実現させるために“質量は空間を歪める“と言う物理学の理論を後付けで生み出した、と言う過程の事後発生理論である。
さらにわかりやすく言うなら、神様も宇宙も、お願いは聞いてくれないが、覚悟と宣言は応援してくれると言うこと。
願いは届かず、覚悟と宣言は実現する。
理論や法則は、覚悟と宣言が生み出す探究心に対して与えられたギフトなのだ。
行くと決めたら行けた
手に入れると決めたら手に入った
なると決めたらなった
起きることに覚悟を決め受容する。
または起きたことに対して受容する覚悟を決める。
意に乗るとは、波に逆らわず、宇宙の流れと調和して生きると言うこと。
日頃から宇宙の6大要素に沿って歩めば、今世は自分らしい生き方を全うできるはずだ。
意乗りクリエーター・TATENO

