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オシャレは足元から│SF短編

「オシャレは足元から」という啓蒙をある雑誌で読んだ。なるほど、オシャレをするなら足元から彩らなければならないのかと納得した。
早速明日は足元からオシャレを始めようと決めて、床に就いた。

翌朝目覚めると、私は「足元」になっていた。

これはどういうことかと首を傾げようとしたが、傾げる首が無いのでただ呆然とした。夢かもしれないと思い、もう一度寝ることにした。
だがやはり、もう一度目覚めても「足元」であったのには変わりなかった。

一旦状況を受け入れるために周囲を見回そうとしたが、見回すための稼働部が無いので、やはりただ呆然とするしかなかった。
目線の先に玄関のドアらしきものが見えた。
地面からわずか十センチちょっとの高さから玄関を見たことがなかったので、目の先にあるものが玄関のドアかどうか判別はつかなかったが、仄暗さの奥にある白いさらりとした平坦なスチール板はおそらくどこかのドアの一種ではある。

目線を少し上げると白い平板の中央に郵便の受け口が付いていた。やはり目先のドアはこの家の入口であり玄関であった。

世の中には多くのドアがある。ドアは大まかに開き戸か引き戸の二種類に区分され、それはアルミや木材、ステンレスやスチールなどの材質を加工して作られ、様々なデザインが施されることにより多種多様なドアへと変移する。

今目の前に存在するドアは、スチール製の無機質な防音性と遮音性に優れている玄関のドアだ。それは紛れもなく私が「足元」になったという証拠だった。

こんなはずではなかった。
私はただ、ある雑誌に書いてあった通りに足元からオシャレにしてみたいと思っただけで、決して「足元」になりたかったわけではなかった。なぜこんなことになってしまったのだろうか。

もぞもぞとやるせない気持ちで体を動かし続けてみると、少しだけ垂直に飛び跳ねることができた。寝起きに伸びをするみたいに体を上に伸ばそうと意識すると、全体がわずか浮遊して、またべたっと地面に着地した。

どうにか動けることが分かって嬉しくなった私はその上下運動を何回も繰り返した。だが、結果的に無機質に飛び跳ねるだけと分かり、虚しくなってやめた。

どうにか前に進めないだろうかと思案したが、外的要因による推進力がないこの状況では少し浮き上がるくらいが精一杯の物理だった。
いくら考えても現状を打開できるアイデアなんて思いつくはずも無く、頭にポッカリと空洞ができてしまったみたいな気がした。

もしかしたら本当に穴が空いているのかもしれない。誰かがそこに足を通して私を踏みつけるかもしれない。履き潰されてすり減って、嫌に蒸れた綿の生地から繁殖した菌が悪臭を放ち、その臭いで身体が支配されるかもしれない。

そう考えるだけでとても嫌な気分になった。きっとそれは綺麗から程遠い存在なのだろう。ただ私の役目は直立二足歩行の荷重を負担するだけの縁の下の力持ちに過ぎないとしたら、決してオシャレなんかを意識する余裕なんてないだろう。
そんなことよりも、きれいに丁寧に扱って欲しいことを願おう。

誰にも通されず、何も踏み潰さず踏み潰されず、ただひっそりと生まれたままのかたちでいられたらどんなに素敵なことだろうか。穢れのない純白な足元として暮らせたらどんなに気持ちの良いことだろうか。

そんな考えは一時の余白に過ぎなくて、すぐさま使命がやってきた。夜が明けて朝日が街を照らすように、私は誰かの「足元」となる。それは自然の理と同じで、毎朝やってくる当たり前の日常であった。

「足元」になって初めて外に出る。
玄関のドアが開けられたとき、一番最初に浴びた陽光はとても温かった。一日の始まりは「足元」からだ。
停滞していた体が前に進み、水を得た魚みたいに私は無邪気に地面を蹴って一歩一歩道をゆく。

新しい今日が「足元」からやってくる。

確かに「オシャレは足元から」始まるのかもしれない。足元になって改めてそう思った。

意外と足元になることは悪くなかった。
私はしっかりと地に足がついている。

Mr.羊


創作大賞2024応募作


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