火と水が出会う場所/城ヶ崎海岸
昨日、
伊東に住んでいる
親戚の家を訪れた際に、
城ヶ崎海岸へ行きました。
従姉妹から、
「城ヶ崎の吊り橋、
行ってみるといいよ」
と教えてもらい、
せっかくなので
向かってみることに。
城ヶ崎海岸へ向かって
車を走らせていると、
窓の外の景色を見ながら、
ふと、
「なんだか、ハワイみたい。」
と思いました。
もちろん、
景色がまったく同じ
というわけではありません。
植物なのか。
空の広さなのか。
海から吹いてくる風なのか。
強い日差しの中、
海へ向かっていく
あの感じが、
どこか、
ハワイのような、
南の島にいるときの
空気に似ていたんです。
駐車場に車を停めて、
そこから歩くこと
数分。
突然、
目の前に、
青と白の
壮大な景色が現れました。

深い青色の海。
真っ白に砕ける波。
そして、
荒々しく切り立った
黒い断崖。
思わず、
「すごい……」
と声が出ました。
そして、
城ヶ崎海岸で有名な
門脇つり橋へ。
高さ約23メートル。
荒波が打ち寄せる
断崖絶壁の上に架かる橋です。
橋の下を覗くと、
黒い岩に、
波が激しく
打ちつけています。
そのたびに、
深い青の中に、
真っ白な波しぶきが
広がっていく。
なかなかの
スリルです。
高いところが苦手な娘は、
「怖い、怖い」
と言いながら、
なんとか
橋を渡っていました。
そして、
橋を渡った先で、
私は、
ゴツゴツとした
黒い岩に目がとまりました。

その岩を見た瞬間、
「もしかして、
これ、溶岩?」
と思ったんです。
なぜ、
そう思ったのか。
それは、
昔、
ハワイ島で
溶岩の上を歩いたことが
あったからです。
ハワイ島を訪れたとき、
火山の女神ペレに
ご挨拶をして、
そのあと、
実際に
溶岩の大地を歩きました。
黒くて、
ゴツゴツとしていて、
独特の質感をもつ大地。
城ヶ崎で見た岩が、
そのときの
ハワイ島の溶岩と、
とてもよく似て見えたんです。
そこで、
帰ってから調べてみると。
やっぱり。
あの黒い岩は、
火山の噴火によって
生まれた溶岩でした。
城ヶ崎海岸は、
約4000年前に
大室山が噴火した際、
大量の溶岩が
海へ流れ込むことで
つくられた海岸なのだそうです。
その後、
何千年という
長い時間をかけて、
波が岩を削り、
現在のような
荒々しい海岸線が
つくられていきました。
「やっぱり、
溶岩だったんだ。」
そう思うと、
城ヶ崎へ向かう途中から
なんとなく感じていた
「ハワイみたい」
という感覚にも、
少しだけ理由が
わかったような気がしました。
もちろん、
ハワイ島と伊豆では、
島の成り立ちも、
文化も違います。
それでも、
地球の内側から
噴き出した火が、
大地をつくり、
その大地が、
海と出会う。
そんな景色を前にして、
昔、
ハワイ島で感じたものを、
頭より先に、
身体のほうが
思い出していたのかもしれません。
城ヶ崎の岩の上から、
しばらく、
海を眺めていました。
今から約4000年前。
この場所を、
真っ赤な溶岩が
流れていた。
今の美しい青い海からは、
なかなか
想像できません。
でも、
目の前にある
黒い岩は、
そのときの
地球の記憶を、
今も残している。
そう考えると、
なんだか、
ものすごい場所に
立っているような
気がしました。
火によって
生まれた大地。
そして、
その大地を、
何千年もの間、
削り続けてきた海。
城ヶ崎は、
「火」と「水」が
出会って生まれた場所
なんですね。
そして、
城ヶ崎付近を地図で
見てみたら、
もうひとつ、
とても気になる言葉に
出会いました。
「龍宮」。
城ヶ崎から続く
富戸の海辺には、
今も
「竜宮神社」と呼ばれる社があります。
「竜宮」。
この言葉を見たとき、
私たちが昔から知っている
浦島太郎の
竜宮城を思い浮かべました。
海の底にある、
人間の世界とは
別の世界。
そこには、
海の神々がいる。
でも、
竜宮のような
「海の向こうにある
もうひとつの世界」
というイメージは、
浦島太郎だけではありません。
『古事記』にも、
海の神の世界へ向かう
物語があります。
山幸彦、
火遠理命
(ほおりのみこと)の物語です。
山幸彦は、
兄から借りた
大切な釣り針を
海で失くしてしまいます。
そして、
その釣り針を探すため、
海神の宮へ向かいます。
この話を
あらためて読んだとき、
私は、
「あれ?」
と思いました。
なんだか、
少し前に娘と観た
『モアナと伝説の海』の世界を
思い出したんです。
映画に登場する、
半神半人のマウイ。
マウイもまた、
大きな釣り針を持っています。
物語では、
かつてマウイが
女神テ・フィティの
「心」を盗み、
その出来事によって、
世界に異変が
広がっていきます。
モアナは、
マウイとともに、
テ・フィティの心を
元に戻すため、
大海原へと旅に出ます。
その途中、
マウイの釣り針を取り戻すため、
海底の世界へ向かう場面も
描かれています。
もちろん、
これはディズニー映画として
再構成された物語です。
でも、
ポリネシアに伝わる
マウイの物語にも、
神聖な釣り針
「マナイアカラニ」
が登場します。
マウイが
その釣り針を使い、
海から島を引き上げるという伝承も
語られています。
日本の山幸彦。
ハワイやポリネシアに伝わる
マウイ。
どちらにも、
「海」と
「釣り針」と
人間の日常を超えた世界が
登場する。
もちろん、
二つの神話が
直接つながっている、
ということではありません。
でも調べてみると、
山幸彦のような
「失われた釣り針」をめぐる物語は、
日本だけではなく、
インドネシアやミクロネシアなどにも
類似した説話が残っているそうです。
海を隔てた遠い土地に、
「海」と「釣り針」をめぐる物語が
それぞれ残っている。
それを知ると、
ますます面白くなりました。
そして、
ハワイ神話には、
もうひとり、
私にとって
忘れられない存在がいます。
火山の女神、
ペレ。
私がハワイ島で、
溶岩の大地を歩く前に
ご挨拶した女神です。
火。
海。
釣り針。
海の神の世界。
そんな言葉が、
城ヶ崎をきっかけに、
自分の中で、
次々につながっていきました。
海というものは、
昔の人々にとって、
魚を獲る場所であり、
遠くへ旅をするための
道でもありました。
でも同時に、
ひとたび荒れれば、
人間には
どうすることもできない。
恵みを与えてくれる一方で、
その深さも、
その向こうに何があるのかも、
わからない。
だからこそ、
昔の人たちは、
海というものに、
自分たちを超えた
大きな存在を
感じていたのかもしれません。
そして、
その海の向こうに、
海神の宮を思い描き、
後の時代には、
「龍宮」
「竜宮城」
という世界も
語られていったのでしょうか。
そして、
ここまで考えたところで、
私はもうひとつ、
以前読んだ本の中にあった
ある「形」を思い出しました。
六芒星。
△と▽。
二つの三角形が
重なってできる形です。
古くから伝わる
いくつかの象徴体系では、
上向きの三角形は、
「火」。
下向きの三角形は、
「水」。
相反する二つのものが
重なり合った形が、
六芒星として
表されます。
そのことを思い出したとき、
「あ……」
と思いました。
城ヶ崎も、
まさに、
火と水が出会って
生まれた場所なんだ。
大室山から流れ出した、
火の記憶を持つ
溶岩。
そして、
その溶岩を受け止めた、
大きな海。
火と、
水。
相反するものが出会い、
今の城ヶ崎の大地が
生まれた。
そして、
さらに面白いのが、
溶岩そのものがつくり出す
自然の形です。
高温の溶岩は、
冷えて固まっていくとき、
体積が縮むことで
亀裂が入ります。
その結果、
柱のような岩が並ぶ
「柱状節理」
と呼ばれる地形が
できることがあります。
城ヶ崎海岸でも、
この柱状節理を
見ることができます。
その断面には、
六角形に近い形が
現れることもあります。
自然というものは、
人間が定規で
線を引かなくても、
ときどき、
驚くほど美しい
幾何学模様をつくります。
もちろん、
柱状節理の六角形と
六芒星は、
まったく別のものです。
それでも、
火と水が出会ったこの場所に、
自然の営みから
六角形に近い形まで
生まれている。
その偶然が、
私にはなんとも
面白く感じられました。
城ヶ崎海岸へ向かう途中、
なぜ私は、
「なんだかハワイみたい」
と感じたのでしょう。
あのときは、
まだ何も知りませんでした。
でも、
黒い岩を見て、
海を見て、
帰ってから
ひとつひとつ調べていくうちに、
昔ハワイ島で歩いた
火の大地と、
城ヶ崎の海が、
私の中で
少しずつ重なっていきました。
そして、
ふと思ったんです。
フラの先生をしていた叔母が、
この地を選んで、
暮らしている理由が
少しだけ分かったような
気がしました。
もしかすると、
叔母もまた、
この土地にどこか
ハワイと重なるような空気を
感じていたのかもしれません。
そんなことを考えると、
私が城ヶ崎へ向かう途中で感じた
「なんだかハワイみたい」
という感覚も、
少しだけ
不思議なものに思えてきました。
火と水。
大地と海。
神話と自然。
見えている世界と、
その向こうにある世界。
約4000年前、
火から生まれた大地の前には、
今、
どこまでも青い海が
広がっています。
城ヶ崎海岸。
何気なく訪れた場所から、
こんなにもたくさんの物語が
広がっていくとは
思いませんでした。
あの黒い岩と、
深い青色の海を思い出しながら、
私は今も、
その向こうにあるものを
少しだけ、
想像しています。

