お金について考える その3 人生の方向性を決めたお金というパラメータへの理解 当たり前過ぎて意識しなくなっていること
経緯
その1では、父が持って帰ってきた造幣局が作った貨幣の歴史に関する本がキッカケで、変動相場制、ニクソン・ショック(ドル・ショック)などをリアルタイムで経験しつつup to為替相場まで、これらの激しい変化も全てお金が仮想化されているからしなやかに吸収できているんだなぁと理解。そんな知識整理が人生の早い段階で整い始めたという経緯で、お金について考える時には仮想化ということを何時も意識する様になっているというお話でした。
その2は、経済という切り口でのお金への理解。仮想化されたお金というパラメータが日常生活から世界経済まで等しく機能しているという理解のお話でした。
そもそも経済とは市場が生産活動を調整するシステムこことで、古典ギリシア語の οικονομία(家政術)に由来するので日常生活からというのは当たり前過ぎなのですが、それこそ意識しなくなっていることでした。
今回は、お金について考えたらこうなったという、つまりお金についての考察と理解が私の人生の軸になったというお話です。
“お金について考え抜いたからこんな人生を選んだ“
社会人になる助走期間としての学生時代、施設·設備が無いと学べない理工学は大学を利用して学び、研究もしました。一方でまぁそこまでは施設·設備が要らない経済学は外資系企業の秘書の父から指導を受け、学究というよりは経営者としての嗜(たしな)み的、実践的な切り口で理解を深めたという感じでした。
その大学生時代は幼い頃から公的なスタンスでの社会貢献を志向し、学級委員、児童会議長、生徒会会長まで、ある意味で政治畑(笑)を歩んで居ました。
選択と集中で受験勉強一本に舵を切った高校、仮面浪人時代を抜けて、希望した大学の大学に合格してからは、また政治畑を進もうと考えて居ました。実際、その大学の理工学部と政治経済学部は特徴有る学部でした。特に政治経済は創始者が政治家であったことから、その分野で活躍する方々を多く排出していました。(今でも排出し続けています。)
そんな私が政治から経済に人生の軸足を移すと決めた理由の深い部分にはお金について考え続けていた日々が有ったからだと今更ながら思う次第。
そしてまた教育の世界で初めて収入を得て、実際にお金を稼ぐという過程でまたお金についての実践的な場での考察が進みました。そしてその瞬間がやってきたのです。
1票より1円
生徒さんのご両親がその人生の時間を使って働いて得た貴重なお金を授業の対価として頂いているのだなと改めて強く実感した瞬間。
正に何かが起きそうな休日の昼過ぎ。無償でボランティア的、かつ定常的に補習をしていた時、強い日差しが教室内に入って正に夏らしい昼下がり。生徒さんが手持ちし、ご両親から託(ことづ)かったと頂いたコーヒーの詰め合わせ。
そんなつもりじゃ無く、ただ勉強したいのならそれを助けたいと思っていただけに大人のお作法にハッとしたのでした。お金の美しい使い方…
(仮想化の賜物たるお金なのでできること。生々しい現金ではなくコーヒーの詰め合わせに変換するという…)
その辺りはこちらもお楽しみ下さい。
就職時に私企業を選んだのは、票ではなく、お金というパラメータで社会貢献したいと考えるに至った、全てが繋がった瞬間。
そして理工学と経済学の2本柱が後に私のサラリーマン人生の建付けとなったのです。採用人事としては至極順当な配属から、詰まり専攻していたのが表面物理学でしたので界面解析という部署への配属からのスタートでした。そのままサラリーマン人生の前半は理工学を礎に、とは言えしたたかに研究から開発へと移り布石は打っていました。そして強引に技術職から事務職に異動して後半は経済学を礎にと。そして望み通り経営まで綺麗に楽しみ切る事ができました。
長いのですが、こんな背景で歩んだサラリーマン人生を纏めて有りますので宜しければ物語としてでもお楽しみ下さい。
ということでお金について考え抜いた結果を確実に実践できたサラリーマン人生だったのでした。
つづく
