クレオパトラは「エジプト人」ではなかった──3000年の王朝が隠していた驚愕の出自
古代エジプトの女王クレオパトラ。黒髪を切りそろえ、エジプト風の装束をまとった姿が有名だが、実は彼女の血筋にエジプト人の血はほとんど流れていなかった。歴史上最も有名な「エジプトの女王」は、遺伝的にはギリシャ・マケドニア人だった。さらに、私たちが「絶世の美女」と信じているクレオパトラのイメージも、古代の史料からは別の姿が見えてくる。
1. プトレマイオス朝──エジプトを支配したギリシャ人王朝
クレオパトラ7世(紀元前69〜30年)が属するプトレマイオス朝は、アレクサンドロス大王の死後(紀元前323年)、その部将プトレマイオスがエジプトを支配したことで成立した。つまりこの王朝はギリシャ・マケドニア系の征服者が作ったものだ。
プトレマイオス朝の王族は、血統の純粋性を保つために兄妹婚を繰り返した。クレオパトラの父もギリシャ系であり、母親の出自については諸説あるものの(エジプト人女性説もある)、彼女の主要な血筋はギリシャ・マケドニア系だったと考えられている。
さらに驚くべきことは、クレオパトラ以前のプトレマイオス朝の王たちは300年近くエジプトを統治しながら、エジプト語を学ぼうとしなかったことだ。
2. クレオパトラが「初めてエジプト語を話した王」だった
プトレマイオス朝の歴史において、クレオパトラ7世は際立って異質な存在だった。彼女はエジプト語を話した最初のプトレマイオス朝の統治者とされているのだ。
古代の伝記作家プルタルコスは、著書『英雄伝』の中でクレオパトラが習得した言語についてこう記している。「彼女はエチオピア語、トログロディテ語、ヘブライ語、アラビア語、シリア語、メーデ語、パルティア語も習得しており、それ以前の王たちがエジプト語さえ学ぼうとしなかったのとは対照的だった」と。
300年間、支配する国の言葉を学ばなかった歴代の王たち。その中でクレオパトラだけが積極的に民の言語を習得した。彼女の政治的な鋭さがよくわかるエピソードだ。
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