ダグラス・ウォーク・インタビュー
ダグラス・ウォーク・インタビュー
聞き手 上杉隼人
https://youtu.be/uiiCZK-aH7A
1. 『マーベル・コミックのすべて』第1章でも触れられていますが、本書をまだ読んでいない読者のために、本書執筆にあたっておよそ2万7000冊ものマーベル・コミックをどのように読まれたのか、何がきっかけでこの壮大なプロジェクトに取り組まれたのか、簡単にお話しいただけますか?
ダグラス・ウォーク 当時10歳か12歳だった息子スターリングが、マーベルのコミックを全部読みたい、と言い出しまして、本書執筆のアイデアが生まれました。わたしは「まあ、親子で2週間くらい楽しめればいいだろう。どうせこの子もそれくらいすればあきるから」くらいに考えていたんです。ところがスターリングは2週間を過ぎてもマーベル・コミックにずっと興味を持っていてくれて、わたしたちは一緒に昔のコミックをたくさん読んでみることにしました。そこではわたしは思いました。「わあ、マーベル・コミックは本当にひとつの大きな物語になっている。この物語の全体を見渡したら、はたして何が見えてくるだろうか? 本が書けるんじゃないかな」と思うようになったのです。
実際、本になりました。最初はリサーチと執筆に1年半くらいかかるだろうと思っていましたが、結局7年かかりました。

2. 長年にわたってマーベル・コミックを読み続ける中で、繰り返し出てくるテーマやパターンに気づかれたと書かれていましたが、中でも特に意外だったというものはありますか?
テーマという点でいちばん驚いたのは、マーベルの多くの物語が文字どおり「地下」へと向かったことです。1986年から1989年に、地表の下で重要な出来事がたくさん起こっています。たとえば、ジーン・グレイの水中の繭、「クレイヴンの最後の狩り」に見られるスパイダーマンの埋葬、『X-MEN』ではモーロックたちと地下トンネルが重点的に描かれ、『ソー』ではヘラの冥界のエピソードが描かれ、『ファンタスティック・フォー』ではモールマンの地下トンネルが戻ってきて、最後は「インフェルノ」ですべてが地上に噴き出します。
これは意図的に計画されたことではないと思います。誰かが、マーベルの物語を全部地下に移し、地表の下で何が起きているのかを描こう、と考えたわけではありません。誰もそんなことは考えていなかったはずなのに、あの時期の多くの重要な物語が結果的にそうなっている。とても面白いですね。誰かが意図して決定したのではないことが、文化の中で起こっていることと反応する形で自然と浮かび上がるのです。
3. 9章「間奏 ベトナム戦争の時代」や15章「間奏 マーベルに登場した大統領たち」などで、マーベル・コミックがアメリカの社会と文化の現実をいかに映し出しているかを論じられています。「時代を映す鏡」として特に際立つストーリーはありますか?
時代をもっとも興味深く映し出す鏡は、おそらく1970年代半ばのスティーヴ・エンゲルハート原作の『キャプテン・アメリカ』の連載でしょう。
エンゲルハート自身がこう語っています。「アメリカは長く続いたべトナム戦争という大きな物語から、ウォーターゲート事件という具体的な犯罪に向かっていた。アメリカの大統領が悪党だった時代に、わたしはアメリカの崇高な理想を信じる男の物語を書いた。わたしは大統領の不正に目をつぶることができなかった」
エングルハートは「『キャプテン・アメリカ』を通して、現代アメリカの現実の継続的な記録を描こうとした」とも語っています。
ただし、コミックは時代をすばやく映し出すことができるものの、現実の出来事をタイムリーに描き出すことはできない、とエングルハートはのちに気づきました。しかし、それでもなお、エネルギー危機、経済不安、シンビオニーズ解放軍、各地に出現した革命的な団体、そして何よりもアメリカのど真ん中にいたリチャード・ニクソンなど、1970年代にアメリカが経験したすべてのことが、エングルハートの『キャプテン・アメリカ』にはすべて反映されています。実に興味深いです。
4. 18章「偉大なる破壊者」に、「ダーク・レイン」のようなシリーズに見られる権威主義への恐れについて書かれています。トランプ政権下でさまざまな制限が突きつけられる現在の状況を考えると、マーベル・コミックも同じように制約を受けたり、自己検閲を余儀なくされたりすると思われますか?
ウォーク いい質問です。ある意味恐ろしい現在の政治状況に直接反応しているコミックは、まだあまり出版されていないかもしれません。というのは、コミックはかなり前から企画、制作されますし、長期的なプロットが何年も前から動いていますし、中期的な計画も何か月も前から進行しています。
それでも、現在アメリカ版マーベル・コミックで連載中の『ワン・ワールド・アンダー・ドゥーム』(ひとつの世界、ドゥームのもとに)には、今の時代に対する反応がやや見て取れるように思います。『ワン・ワールド・アンダー・ドゥーム』はドクター・ドゥームが権力をつかみ、すべてを掌握して自分の思いどおりの世界を作ろうとする物語です。
どうなるかはまだわかりませんが、ドゥームが統一した世界は、現在のアメリカ合衆国よりもずっとユートピアに近いものとして描かれていますので、わたしなどは、ドクター・ドゥームが作った世界のほうが、今のアメリカよりもましじゃないか、と感じてしまいます。これはかなりまずいことですよね。
5.『マーベル・レガシー 〈1〉』(2017年)で『マーベル・コミックのすべて』を一応閉じられたのは、ほかでもなく紙面の都合だったと思います。それ以降のマーベル・コミックで可能であれば取り上げたかった重要な展開はありますか?
ウォーク 2017年末刊行の『マーベル・レガシー〈1〉』で『マーベル・コミックのすべて』を終えたのは、どこかで終わりにしなければなかったからです。そうしないと、永遠に読み続けることになってしまいますからね。でも、わたしはやはり読み続けていて、今も毎週新刊を何冊か読んでいます。ただ今はそれでは報酬が得られませんので、すべては読めません。
過去8年ほどのあいだに起きたマーベル・コミックの展開の中には、『マーベル・コミックのすべて』に取り込みたかったものが少なからずあります。中でも『ハウス・オブ・X』『パワーズ・オブ・テン』に始まるX-MENの新展開は入れたかったですね。本の中でも少し触れましたが、そこから始まる5年間のX-MENシリーズは本当にすばらしかった。X-MENの各タイトルがたがいに語りあい、反応しあいながら、ミュータントたちが自分たちの国家を築き上げようとする壮大な物語が構築されます。あのシリーズについては語りたいことがたくさんありますし、あるいはどこかでその機会があるかもしれません。
それからここ8年ほど続いた『イモータル・ハルク』も、ハルクを描いた物語の決定版として長く記憶されることになると思います。

6. 今後のMCU(マーベル・シネマティック・ユニバース)の展開を見ると、マーベル・コミック各巻やシリーズや大きなイベントがどのような形で映画になり、映画に組み込まれていくとお考えですか? ウォークさんの予想をぜひお聞かせください。
ウォーク 正直、MCUの今後の計画はわたしにはまったくわかりません。ただ明らかなのは、マーベル・スタジオは『X-MEN』にまだほとんど手をつけていませんし、『X-MEN』には無数の可能性が眠っています。
マーベル・コミックの知られざる作品にも、テレビシリーズや映画にしたら面白くなるかもしれないものがあります。あるいはまったく面白くならないかもしれませんが、どう映像化するかによるでしょう。
数年後にはひょっとすると『スカル・ザ・スレイヤー』や『リビング・マミー』が映像化されているかもしれませんが、それよりもX-MEN関連のコミックがMCUに取り込まれるのが現実的だと思います。
7. 日本の漫画にもおくわしいと思いますが、マーベル・コミックと日本の漫画の関係について、ご意見をお聞かせいただけますでしょうか。日本の漫画に強く影響を受けたマーベル作品、あるいは日本の漫画に強く影響を与えたマーベル作品はありますか?
ウォーク マーベル・コミックを基に制作された日本の漫画は何作かありますし、のちにアメリカで翻訳再刊されたものもあります。スパイダーマンやハルクのほか、X-MENの漫画版もありました。
今はピーチモモコのマンガ・コミック(X-MEN)があります。ピーチモモコはストーリーと作画の両方を手がけていて、ビジュアルもトーンも西洋のコミックとまるで異なる、非常に美しい作品を作り出しています。
その前には2019年と2020年に、『週刊少年ジャンプ』がマーベルとのコラボ作品を刊行しています(『MARVEL×少年ジャンプ+ SUPER COLLABORATION』)。
2003年には弐瓶勉(にへいつとむ)が『ウルヴァリン:Snikt!』を手がけました。梶研吾と小池一夫も同じ頃『X-MEN アンリミテッド』の一編を執筆しています(2003年9月刊行の『X-MEN アンリミテッド〈50〉』の「刀鍛冶」["The Swordsmith"])。
さらにそれ以前には、短命に終わりましたが、アメリカの作家やアーティストによって制作された『マーベル・マンガバース』というシリーズもありました。
現在マーベルの編集長を務めるC・B・セブルスキーも、熱烈なマンガ・ファンです。
でも、アメリカン・コミックスに本格的にマンガの影響が流れ込むことになった最大の転機は1982年前後に訪れました。その頃、フランク・ミラーが『子連れ狼』のようなマンガを読み、そこから得た視覚的なアイデアを自分のコミックに取り入れたのです。『ウルヴァリン』や『デアデビル』がそうです。
そしてフランク・ミラーが試みた手法をほかのアーティストたちも次々に取り入れ、日本のマンガから間接的に着想を得たアメリカン・コミックがしばらく生み出されました。
8. マーベル・コミックをほぼすべて読み通すという壮大な読書プロジェクトを終えた今、ウォークさんにとって「マーベル・コミック」とはどんなものになりましたか?
ウォーク わたしにとって「マーベル・コミック」は引用符をつけて呼びたい特別なもので、多くの制作者たちがお互いのルールに従うことを前提にともに紡ぎ上げてきた、進化し続ける巨大な物語集です。
「マーベルって、しょっちゅうリブート(再起動)してるんじゃないの?」といった声をよく耳にしますが、そうではなく、実際は〝リローンチ〟(再出発)が頻繁に見られるだけです。つまり、新たにシリーズ第1号を刊行することはあっても、それまでのストーリーをほぼ全部捨ててすべて最初からやり直すわけではありません。
たとえば、先週も『ファンタスティック・フォー』の新たな第1号が発売されました。でも、映画公開に合わせて新しく作り直したということではないんです。むしろ、映画が公開されることで読者が興味を持つかもしれない。そんな時に第1号と大きく書かれた表紙がないと、読むのをためらってしまうかもしれません。第1号はそんな人たちの〝入り口〟になります。
こうしたコミックの中で描かれてきたことは、すべてマーベルの大きな物語の中の出来事です。どれも常に同じ宇宙(ユニバース)で起こるとは限らないけれど、ほとんどはそうです。だからすべては常にマーベルの物語の一部であり続けます。
9. 現在取り組まれているプロジェクトについて、差し支えなければ教えていただけますか?
ウォーク 現在進行中のプロジェクトについては、実はあまりくわしくお話しできません。いま取り組んでいる案件はふたつありますが、どちらも現時点ではまだ公にできないのです。
ただ、ひとつはコミックに大きく関わっていますが、マーベルとはあまり関係がないものです。もうひとつはコミックとの接点は1点で、初期のマーベル作家アル・ハートリーに関係しています。
今のところ、それしかお話しできません。
10. 最後に、日本の読者のみなさんへメッセージをお願いします。
ウォーク 日本の読者のみなさんに、わたしの気持ちをお伝えしたいと思います。みなさんには、本当に、本当に感謝しています。
わたしがしたいのは、わたしの好きなコミックについて語ることではなく、みなさんがきっと好きになるコミックを見つけるお手伝いをすることです。
そして、本書をこれほど丁寧に訳し、これほど深く考え抜かれた質問を寄せてくださった翻訳者の上杉隼人さんに、深く感謝いたします。上杉さんには、このインタビューをうまく活用していただけることを願っています。
ありがとうございました。

インタビュー、英語音声起こし、英日翻訳 上杉隼人
編集協力 Peter Serafin
動画制作 上杉隼人・左右田勇志
https://youtu.be/uiiCZK-aH7A
英語版はこちらでよめます。
