『義母との突然の同居と、HSPな私の本当の声。』 子育て&徒然日記
私の心の扉がそっと閉まった。
ぱたん…、
それは義理の母との同居が決まった瞬間だった。
その音が今でも心の中で響いている。
HSP気質の私にとって、
夫や子ども以外の人と暮らしたり、
長時間共にするのはとても辛い。
自分の両親とでさえ辛いだろう。
今の3人家族でさえ、
一人時間がないと息苦しくなってしまう私には…。
*義母との同居を苦に思わない方々もたくさんい
らっしゃると思います。
同居している方々にたくさん感謝されている方々も。
義母との同居を批判するものでは決してありません。
私は一人時間がないと辛くなる人間なので、
突然の同居にとまどったり、
モヤモヤがある状態も書いています。
その点を心にとめていただけるとありがたいです。
…
…
義理の母と同居?!?!?!?!
私にとって、天変地異の出来事である。
ただ、どうしてもの状況だった。
本当は断りたい。
でも、どうしても、どうしても、の状況。
困っている人を前に無碍(むげ)にできない。
そう思う私も『私』。
夫には1カ月といってる。
1カ月を過ぎるようなら、私にも考えがあると。
HSP気質な私。
頑張って、がんばって、頑張って、最長1ヶ月。
そんな突然の同居がはじまって、1週間ちょっと。
一人時間がないと生きづらい私にとっては、
正直つらい。
1か月後のことを考えて頑張っている。
そんな生活での出来事が、
noteの素敵な記事とリンクしたり、
同じように考えてグルグルしている方も
いらっしゃるかなと思ったりして、
今投稿している。
義理の母との同居で思うことは、
色々、いろいろ、色々あるけれど、
私が今回書きたいのは、
『まわりの声・目』と
『本当の自分の声・気持ち』
について。
子育てをしていると、
「ちゃんとしなきゃ」や、マナーなどに関わる
「まわりの目・声」が気になることが多々ある。
義理の母という存在は「まわりの目」の代表格のようなもの
かもしれない。
※義理の母は決して悪い人ではないし、口をだす人で
はない。でも、「どうみられているか」を私は考えてしまう。
でも、ふと思ったのだ。
子どもに「〇〇しなさい!」「ちゃんとして!お願い。」と言っている時に、
それは本当に私が思っていること??
私の本当の声??
それともまわりの目や声が怖くて言っていること??
もちろん人に迷惑をかけたり、
食べ物を粗末にしたり…、
そんな時は、私も大きな声をだすし、叱る。
でも、
保育園前のお着換え中にYouTubeをみることや、
ことばの教室や保育園をたくさん頑張った日の
夕ごはん中に多少席を立って遊び始めたりすること…。
これに私は、
義理の母の視線が背中に刺さるような気がして、
つい声をとがらせながら、
『YouTubeばっかりみないの!』
『席を立つのはやめて!』
と言いがちだけれど、
これって義理の母の視線に、
『ちゃんとしていない』って思われたくないから、
言っているんじゃない??
24時間ずっとYouTubeをみているわけじゃない。
席を立って遊んでたって、
今日頑張った子にガミガミいわなくてもいいこと
では??
その声が自分の声ではない時、
「ちゃんと」に従わなくてもいいんじゃない??
義理の母のために(世間体を考えて)、
止めているのならば、
止めなくていい。
笑顔でいられる方がいい。
その方が私も息子も気持ちよく家をでて
会社・保育園に向かい、
疲れて帰ってきたらリラックスできる。
私が自分の本当の声に気づけたのは、
かずママ@『世界の育児』さんの
下記の投稿を読んで。↓
…
ちゃんとできる人が、
黙って潰れながら回してきたのよ。
その上で成り立ってる“普通”って、
ほんとに普通なのかしらね。
ちゃんとできる人が、黙って潰れながら回してきた…
これは「ちゃんと」=「まわりの目や声」に、
心を潰されてきたことを言うのかなって。
黙って潰れながらなできる「ちゃんと」の犠牲の上で
成り立っている『普通』ってなんなんだろう。
「ちゃんと」を求められるのは多くが母親。
でも、世間が求める「ちゃんと」は、
本当に母親みんなが思っていることなのかな??
子どもを注意している時、自分の心に問いたい。
それは本当に自分の声??
それとも世間のまわりの声や視線??
今、義理の母との同居というイレギュラーに対応しながら、
私は笑顔を求められている。
疲れた顔や不満げな顔は、
まわりの大人に許されなかった。
それはいつものママじゃないから。
本当の私、自分は苦しんで、
時には泣いているのに、
笑顔を求められ、
「自分」を潰されそうになりながらの毎日。
そんな『普通』なら、私はいらない!!
私は「普通」や、まわりの「ちゃんと」ではなく、
自分の心の声にしたがう。
たとえそれが世間一般の「普通」ではなくても、
息子と私が笑顔になれるなら、それだけで花丸!
義理の母がいても、自分の本当の声じゃなければ、
注意はしない。
注意しないで、笑って息子に付き合う。
…
日本ってね。
ママが本当に頑張ってる国だと思うの。
ちゃんと調べて、
ちゃんと気を使って、
ちゃんと子どもを見て、
ちゃんと迷惑かけないようにして。
…でもその“ちゃんと”って、
誰がここまで増やしたのかしらね?
…
で、あんたは今、
どんな“前提”の中で踏ん張ってるの?
今の日本で、
日々増えていく『ちゃんと』を求められるのは大抵がママ。
(もちろん頑張っているパパもたくさんいらっしゃるけれど、まだ…。)
そんな『ちゃんと』は本当に必要??
ママは、
どんどん増えていく『ちゃんと』を本当に求めている??
みなさんも、
自分の本当の声ではなく、
まわりの目や声による『ちゃんと』で
子どもを叱ることはありませんか??
私は義理の母との同居で、
自分の声と向き合えたように思います。
気持ちがいいくらい、自分の気持ちが分かりました。
誰かが勝手に作った
『普通』『ちゃんと』なら私はいらない。
子どもになにか言う時は、
それが自分の本当の声かを確かめてからにしようと
思います。
(*本当にダメな時は、叱ります笑。)
『ちゃんとして!』
ちゃんとしてなくて、困っているのは誰??
上記 ↑ はあくまで私の解釈なので、
詳しくはかずママさんの記事を読んでみてください✨
かずママさん、載せることに快く応じてくださり、
本当にありがとうございます。
*前回までの投稿に、
「諸事情」による片づけの描写があったかと思います。
これは3人居住用のマンションに義母を受け入れるための片づけ・掃除でした(苦笑)
とても、とても長い文章になってしまいました。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
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読んでいただきありがとうございます。
少しでもあなたの心に響くものがありますように。
応援していただけると嬉しいです。