『ほんの小さなことでも、とても大きいこと。』
春野ましゃこさんの下記の記事を読んだ頃、ましゃこさんやYeKuさんの『想像を働かせることの大切さ』『知ることは優しさ』を感じるできごとがありました。
今回はそのことを書こうと思います。
(*春野ましゃこさま、YeKuさま、勝手にお名前だしてしまってすみません。なにかあれば遠慮なくおっしゃってください。お二人の記事・考え方にとても共感・惹かれました。)
私は今ワンオペ育児で、子どもが6ヶ月の頃に復職。
ママさん達の色々な苦労をよく知っているつもりでいた。
生まれたばかりの赤ちゃんを目の前に、まず大変なのは母乳やミルクを飲ませること。
私は母乳育児で困ったことはなかったけれど、姉は助産師だし、妹は母乳がでなくてとても苦労していた。
だから、母乳やミルク、混合だって、それぞれでいいと思っていた(…はずだった。)
そんな中、職場の後輩の男の子夫婦に可愛い女の子が生まれた。
奥さんは保育士さんで、早めの復職を希望しているという。
日々の様子や、夜泣きは大変かとかetc…の話で、
赤ちゃんは最初からミルクのみで育てていると聞いた。
その時私は『はじめから諦めなければいいのに』と
直感的に思ってしまった。
妹は母乳育児でとても苦労した。少しでも飲ませたいと、母乳とミルクの混合を試みていた。妹は里帰り出産で、その際は私の母も横で寝て、母は妹がうとうとしながら搾乳する間甥っ子を抱っこし、ミルクを作ったりした。
2人とも大変だったと思う。
色々と試みていたけれど、断乳の時期は早めだったと思う。
母乳でもミルクでも、その人にあったやり方が一番と、妹や他の人々をみて思っていたのに、
それは『苦労した結果の選択であるべき』と勝手に思っていたかもしれない。
本人が希望していなければ、『まずはやってみたら』という言葉でさえ、
その人を大きく傷つけてしまうかもしれないのに。
その後、後輩の男の子の奥さんは持病があることを思い出した(病名まで詳しくはわからいけれど)。
その時に「薬を服用している人は、望んでも母乳をあげられないかもしれない」という想像が全く働いていなかったことにも驚愕した。
人にはそれぞれの背景・事情・気持ちがあるのに、そのことを想像もしないで自分の思い込みにあてはめてしまった。
後輩に『(母乳も)まずはやってみたら』と言ったわけではなかったけれど、自然とそう思ったことに怖さを感じたのだ。
その時、YeKuさんやましゃこさんの『知ることは優しさ』『想像することの大切さ』を痛感した。
色々な話を聞いて、本人が望めば、アドバイスすればいいのだ。
特に赤ちゃん・子どもを育てるということは、赤ちゃん・子どもの数だけ答えのあるセンシティブなことでもあると思う。
色んな人の色んな選択があっていい。
母乳・ミルク・混合だってその一つ。
彼女に持病がなくても、生活スタイルでミルクのみを選んだってなにも悪くないのだ。
そして、その選択を笑顔で肯定してあげたい。
今回のことは、私の心の中だけで起こったほんの小さなことだった。
でもそれは大きなことだったと思う。
『知ることは優しさ』『想像することの大切さ』、
いつも心にとめておきたい。
私は漢字からのイメージで、『様々』より『色々』が好き。
色んな人が、色んな選択をして、
色々な色彩の花が咲くような世界になりますように。
そして、そんな世界が未来の当たり前になりますように。
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読んでいただきありがとうございます。
少しでもあなたの心に響くものがありますように。
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