考えると疲れる、ということ
考えるのが、
疲れるときがある。
特別に悩んでいるわけでもなく、
何かに絶望しているわけでもない。
ただ、
考えて、
判断して、
指示を出して、
人とすり合わせて――
それを続けたあとに、
どっと疲れが残る。
年末年始の仕事も、
そうだった。
今の仕事を始めてから、
ずっとその作業を担当してきたから、
自然と指示を出す立場になっていた。
話し合いをして、
「これでいこう」と決めた。
普段は無口なほうなのに、
忙しいときほど、
口に出さなければ、
やっていられなかった。
慌てもしていたと思う。
正直、疲れた。
そんな状態のとき、
不思議と、
意味を求めないものに、
目が向いた。
綺麗だな、と思えるもの。
見て、
触れて、
それ以上の答えを、
出さなくていいもの。
同じものにまた目が留まっても、
「まただな」と思うだけで、
深く考えなくていい。
それが、
今の自分には、
ちょうどよかった。
物欲と言えば、
物欲なのかもしれない。
でも、
何でも欲しいわけではない。
興味のないものには惹かれないし、
よく分からないものは、
最初から外す。
集めたいというより、
静かに向き合いたい。
たぶんこれは、
何かを満たそうとしているというより、
これ以上、
消耗しないための、
選び方だった。
考えるのを、
やめたいわけじゃない。
ただ、
今は考えすぎない距離が、
必要だった。
意味を持たせない時間。
答えを出さない感覚。
それがあるだけで、
少し呼吸がしやすくなる日がある。
今日もうまくいかなくても、
ほんの少しでも穏やかな瞬間がありますように。
良き日でありますように。
それは、あなたにも。
そして、わたしにも。
※見出し画像はAIにより生成しています。静かな世界を描いてもらいました。
いいなと思ったら応援しよう!
小さな応援が、大きな力になります。