【キルアオ 第7話感想】おっさん私服で笑わせながら、十三の“父性”が見えてくる回
『キルアオ』第7話は、かなり盛りだくさんな回でした。
冒頭は銃撃戦から始まり、十三の殺し屋としての強さを改めて見せる。そこから一転して、天馬と千里部長のダブルデート回に入り、十三の私服がおっさん過ぎるというギャグで笑わせる。さらに途中で十三が大人の姿に戻るという大きなトラブルが起こり、終盤ではノレンがまた危険に巻き込まれ、竜胆兄弟のような新たな敵も出てくる。
情報量だけ見れば、かなり忙しい回です。
でも、この第7話でいちばん印象に残ったのは、やはり十三の“中身がおっさんであること”が、笑いと頼もしさの両方に使われていたところでした。
私服のセンスがおっさん。
デートの場にいると保護者感が出る。
結婚生活の心配をしてしまう。
ノレンの相手に対して、父親のような怒り方をする。
このあたりが、ただのギャグではなく、十三という主人公の本質にかなり関わっていたと思います。
第1話の時点では、十三は「中学生の姿になった殺し屋」でした。けれど第7話まで来ると、彼は学校生活や家庭科部、ノレンとの関係を通して、少しずつ“ただ任務をこなす人”ではなくなってきています。今回の第7話は、その変化がかなり分かりやすく出ていた回でした。
冒頭の銃撃戦が、十三の“本来の姿”を思い出させる
第7話は、いきなり殺し屋ものらしい雰囲気から始まります。
ここまで学校生活や家庭科部、フットサル、ダブルデートといった学園コメディ寄りの話が続いていたので、冒頭の銃撃戦はかなり強い引き戻しになっていました。視聴者の反応でも「開幕銃撃戦」「まるで殺し屋アニメみたい」といった声が出ていて、あらためて『キルアオ』が殺し屋ものでもあることを思い出させる導入でした。
この冒頭が効いているのは、その後のダブルデート回との落差が大きいからです。
十三は本来、裏社会で生きてきた人間です。戦闘能力も異常で、猫田も普通に戦える側の人物として描かれていました。十三の全盛期は本当に人間だったのか、と言いたくなるほどの強さも見せられます。
でも、その十三が今は中学生として学校に通い、部活に入り、テストを受け、デートの付き添いのような状況に巻き込まれている。
この落差こそが『キルアオ』の面白さです。
殺し屋としての十三は完成されています。
でも、中学生としての十三は未完成です。
だから、戦闘ではあれほど格好いいのに、私服になると急におっさん臭が出てしまう。
第7話は、この二つの顔を同じ回の中で強く見せていました。格好いい十三と、ズレている十三。その両方があるから、キャラクターとしての魅力が増しているのだと思います。
ダブルデート回なのに、全員どこかズレている
今回の大きな軸は、天馬と千里部長を中心にしたダブルデートです。
第5話、第6話で天馬はかなり印象が変わりました。最初は家庭科部を見下す自信家として登場しましたが、フットサル対決を通して、謝れる素直さやスポーツマンとしての真っすぐさも見えてきました。今回も、千里部長への好意をものすごく直球でぶつけていきます。
この天馬のグイグイ感が、かなり面白いです。
彼は悪い子ではありません。むしろ、気持ちは真っすぐです。好きなら好きと言う。誘いたいなら誘う。遠慮せずに進む。その分、押しが強すぎて周囲がついていけないところがあります。
千里部長も、普段はかなり芯の強い人物です。料理への姿勢も真剣で、家庭科部の誇りを背負う存在でもあります。けれど、天馬の直球の好意には意外と押されてしまう。そこに、部長のかわいらしさが出ていました。
ノレンは芸能人のような変装や私服で、やはり目を引く存在です。男子に注目されることに疲れている彼女らしく、外出時にも警戒が必要な感じが出ています。
そして十三。
このダブルデートの中で、十三だけが明らかにおかしい。
いや、全員おかしいのですが、十三のおかしさは“年齢感”のズレとして出ていました。
中学生の姿なのに、中身が完全に大人。
そのズレが私服に出てしまう。
普通の中学生男子として並ぶはずが、どう見てもおっさんの気配が漏れている。
第7話は、デート回という青春イベントをやりながら、その青春の中に混ざりきれない十三の違和感をかなり面白く見せていました。
私服がおっさん過ぎることが、十三の正体を一番よく表していた
今回のサブタイトルにもなっている十三の私服。
ここは本当に分かりやすく笑える場面でした。ジャケットにクラッチバッグ、全体的な色味や雰囲気も含めて、どう見ても中学生男子のデート服ではない。視聴者からも「おっさん」「クラッチバッグ」「完璧なおっさんコーデ」といった反応が並んでいて、今回の大きな笑いどころになっていました。
ただ、この私服ギャグが良いのは、単に変な格好だからではありません。
十三の内面が、そのまま服に出ているから面白いんですよね。
制服を着ているとき、十三は中学生としての外見にある程度なじみます。もちろん話し方や雰囲気はおじさんですが、それでも学校という場所では、制服が彼を“中学生”に見せてくれます。
でも私服になると、その補正が外れます。
何を選ぶか。
どんな色を着るか。
どんな小物を持つか。
それは、その人の生活感や価値観が出る部分です。
そこで十三は、完全に大人のセンスを出してしまう。
つまり、私服は十三の正体を一番ごまかせない場所だったのだと思います。
若返った体は中学生でも、服の選び方は中年男性のまま。
学校では何とか中学生を演じていても、休日の私服には中身が漏れる。
この描写はかなり上手いです。
『キルアオ』は、十三の中身がおっさんであることを、説明ではなく見た目の違和感で見せていました。だから笑えるし、同時に「やっぱりこの人は中学生にはなりきれないんだな」と感じさせる。
若返りものの面白さは、外見と内面のズレにあります。第7話の私服は、そのズレを一発で見せる非常に分かりやすいギャグでした。
大人に戻る展開が、ギャグでありながら核心に触れている
そして今回、大きな事件として十三が一時的に大人の姿に戻ります。
タイミングが最悪です。ダブルデートの最中で、周囲に人がいる状況で、急に大人の姿になってしまう。視聴者からも「大人に戻った」「タイミング最悪」「どう見ても保護者」といった反応が出ていて、完全に修羅場なのに笑える場面になっていました。
ただ、この場面もギャグだけではありません。
十三にとって、大人の姿に戻ることは本来なら喜ばしいことです。彼はもともと大人の殺し屋であり、中学生の姿になったことはトラブルです。だから元に戻れたなら、それは解決に近いはずです。
実際、大人に戻れたことを喜ぶ反応もありました。
十三自身も一瞬、まともな思考に戻ったように見えます。
でも、ここで面白いのは、彼がすでに中学生としての生活に愛着を持ち始めていることです。
第1話の十三なら、大人に戻ることだけが目的だったかもしれません。
でも第7話の十三は違います。
学校生活がある。
家庭科部がある。
ノレンとの関係がある。
白石くんや千里部長、天馬、シンとのつながりがある。
中学生の姿に戻れなくなることは、彼がこの数話で得てきたものを失うことでもあります。
だから、大人に戻る展開は単なるトラブルではなく、十三にとって「どちらの生活を選ぶのか」という問いにもつながっているように見えました。
もちろん今回の流れはコメディとして処理されています。猫型ボイスチェンジャーシールのような便利アイテムも出てきて、かなりパロディ感のある笑いになっていました。けれど、その奥にはちゃんと、この作品の大きなテーマがあります。
十三は大人に戻りたいのか。
それとも、今の学校生活を続けたいのか。
この問いが、第7話で少しだけ顔を出したように思います。
天馬はダメ男だけど、まっすぐさがある
今回の天馬は、かなり良い意味でも悪い意味でも目立っていました。
千里部長への好意は直球です。そこはかわいいし、見ていて気持ちがいい部分もあります。第6話で見えたように、彼は根が悪い子ではありません。素直で、スポーツマンとしての誇りもある。間違ったことをすれば謝れるし、相手の本気も認められる。
ただ、デリカシーがかなり足りない。
千里部長に対して「泣かせない」と言った直後に、合理的すぎる判断であっさり泣かせてしまう。人の心が分かっていない、というツッコミが入るのも当然です。視聴者の反応でも「いいやつだなぁ」と「ダメ男すぎる」が交互に来るような扱いになっていて、天馬の面白さがよく出ていました。
でも、ここで重要なのは、天馬がただの軽い男ではないことです。
終盤では、ズルで勝つくらいなら、ちゃんと負けたほうがいいというような、スポーツマンシップに関わる芯の強さも見せます。ここはかなり格好良かったです。天馬の地雷は、やはりスポーツの誇りを踏みにじられることなのだと思います。
つまり天馬は、人の心には鈍い。
でも、勝負への誠実さは持っている。
このアンバランスさがキャラとして面白いです。
第5話では嫌な自信家に見え、第6話では謝れる素直な子に見え、第7話ではダメ男だけど芯はある人物として描かれる。回を追うごとに印象が少しずつ変わっているのが良いですね。
千里部長との関係も、簡単に甘い恋愛にはならなそうです。天馬が成長しないと、部長は本当の意味では振り向いてくれない気がします。そういう意味でも、この二人の関係はただのサブカップルではなく、天馬の人間的な成長にも関わっていきそうです。
ノレンがまた危険に巻き込まれることで、十三の父性が立ち上がる
第7話の後半では、ノレンがまた危険に巻き込まれます。
前半がダブルデートのコメディだったぶん、後半の拉致や敵の登場は一気に物語の緊張感を戻してきました。しかも今回は、催眠術で惚れさせるようなかなり危険で不快な能力が絡んできます。竜胆兄弟も登場し、兄弟そろってクセの強い敵として印象を残しました。
ここで十三の反応が良いんですよね。
十三はノレンを任務対象として見ているだけではありません。第2話以降、ノレンとの関わりは少しずつ変わってきました。最初は謎の薬の手がかりとして近づいた相手でしたが、今では学校生活の中で大切な関係のひとつになっています。
今回の十三は、ノレンを守る大人としての顔を強く見せていました。
特に印象的なのは、結婚生活の心配をしてしまうところです。普通の中学生男子なら、そんな発想にはなりにくい。けれど十三は中身が大人であり、娘もいる人物です。だからノレンの相手として怪しい男が出てきたとき、まるで父親のような目線で怒る。
視聴者からも「父性アニメ」「実のお父さんよりお父さんしてる」「十三パパ」といった反応があり、今回の十三の立ち位置がかなり父親寄りに見えていたことが分かります。
ここが第7話の核心だったと思います。
十三は若返って中学生になった。
でも中身は大人で、父親でもある。
だからノレンを守るとき、同級生男子としてではなく、保護者のような怒り方をする。
このズレが面白いし、同時に頼もしい。
『キルアオ』は、十三とノレンの関係を単純な恋愛にはしていません。十三はノレンに近い場所にいますが、その近さは同級生の恋愛感情というより、父性や保護者感を含んだものになっています。だからこそ、ノレンが危険な相手に狙われると、十三の怒りがすごく自然に見える。
今回の第7話は、十三の“おっさん感”を笑いに使いながら、最終的にはそのおっさん感を頼もしさに変えていた回だったと思います。
学園コメディと殺し屋アクションの切り替えがうまい
第7話は、かなりジャンルの切り替えが激しい回でした。
冒頭は殺し屋アクション。
中盤はダブルデートコメディ。
途中で大人化トラブル。
後半はノレンの拉致と敵の能力。
最後は十三の怒りと次回への引き。
普通なら、かなり散らかりそうな構成です。
でも『キルアオ』の場合、この散らかり方が作品の持ち味になっています。なぜなら、十三自身がそもそも二つの世界をまたいでいる人物だからです。
裏社会と学校。
大人と中学生。
殺し屋と家庭科部員。
任務と日常。
父性と青春。
この矛盾をひとりで抱えているのが十三です。
だから第7話のように、学園デート回からいきなり危険な事件に切り替わっても、十三というキャラクターがその橋渡しになります。
私服がおっさん過ぎるという笑いも、急に大人に戻るトラブルも、ノレンを守る父性も、全部「中身が大人の殺し屋が中学生をやっている」という設定から出てくるものです。つまり、バラバラに見える要素が、十三の存在によって一つにつながっている。
ここが『キルアオ』の強みだと思います。
第7話は、その強みがかなり濃く出ていました。
第7話は、“中身がおっさん”を笑いから頼もしさへ変えた回だった
今回のサブタイトル通り、十三の私服は本当におっさんでした。
そこは素直に笑えるところです。中学生のダブルデートに、ジャケットとクラッチバッグで現れる十三。周囲の中学生らしい服装や、ノレンの華やかさ、天馬のトレーニングウェア感と並ぶことで、余計に十三の年齢感のズレが際立っていました。
でも、第7話の面白さは、そこで終わらないところです。
おっさんくさい。
でも、それは中身が大人だから。
中身が大人だから、ノレンの危機に対して父親のように怒れる。
中身が大人だから、結婚生活の心配までしてしまう。
中身が大人だから、ただの恋愛騒動ではなく、人として危ない相手を見抜こうとする。
つまり、十三のおっさん感は欠点であると同時に、彼の強みでもあるんですよね。
若返りものでは、若い体を得ることで青春をやり直す面白さが描かれます。でも『キルアオ』は、若返っても大人としての経験や価値観を完全には捨てない。むしろその“大人らしさ”が、学校生活の中で独特の役割を持ち始めています。
第7話は、そこがかなりよく出ていました。
十三は中学生としてはズレています。
私服もおっさんです。
デートの場でも保護者感が出ます。
でも、だからこそノレンを守るときの説得力がある。
この回は、十三のズレを笑わせながら、そのズレがちゃんと彼の魅力につながっていることを見せてくれました。
そして終盤、ノレンを危険な形で奪おうとする相手が現れたことで、次回は十三の怒りが本格的に爆発しそうです。前回までのフットサルや家庭科部の話で見せていた十三とは違い、今回は父親のような怒りを抱えた十三が前に出てくる。
それは、殺し屋としての強さとはまた違う種類の迫力になりそうです。
第7話は、笑いの多い回でした。
でもその奥では、十三がどれだけ学校生活やノレンとの関係に入り込んでいるかが見える回でもありました。
おっさん私服で笑わせ、急な大人化で慌てさせ、最後は父性で締める。
『キルアオ』第7話は、十三という主人公の“中身がおっさんであること”を、ここまで一番うまく使った回だったと思います。
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