【キルアオ 第9話感想】殺し屋バレより大事だった、天馬が“普通の正しさ”を持ち込んだこと
『キルアオ』第9話は、ノレン救出編の決着でありながら、ただ敵を倒して終わる回ではありませんでした。
前回までの流れでは、催眠術を使う敵の厄介さがかなり強く出ていました。一般人を操り、味方か敵か分からない状況を作り、ノレンを眠らせたまま危険の中心に置く。十三のような圧倒的な戦闘力を持つ人物に対して、真正面からぶつかるのではなく、周囲の関係性や信頼を揺さぶってくるタイプの敵でした。
そして第9話では、その催眠術が思わぬ方向に転がります。
ノレンが目を覚ましたとき、最初に見た相手を好きになってしまう。
その相手が十三だった。
しかも十三の殺し屋としての素性も、天馬にバレてしまう。
かなり大きな出来事が重なっているのに、全体の空気はどこか軽い。ノレンの謎すぎるラーメンの夢から始まり、催眠状態のラブコメ的な混乱、十三の倫理観、天馬のまっすぐすぎる正論、竜胆兄弟の兄弟愛まで、笑える場面が多い回でした。
けれど、笑えるだけでは終わりません。
この第9話で一番大きかったのは、十三の世界に“普通の中学生である天馬の正しさ”が入ってきたことだと思います。
ノレンのラーメン夢が、緊張感を少しだけずらしてくれる
第9話は、ノレンの夢から始まります。
ノレンはずっと眠ったままで、かなり危険な状態に置かれているはずです。催眠術の影響下にあり、目を覚ました瞬間に誰を見るかで状況が大きく変わってしまう。普通に考えれば、かなり緊迫した場面です。
ところが、そこで見せられるのがラーメンの夢なんですよね。
戦場の最前線でつけ麺。
チャーシューを砲身に詰めるような、意味の分からない夢。
危険な状況なのに、ノレン本人の夢は妙に呑気で食欲寄り。
この入り方が、かなり『キルアオ』らしいです。
第8話でも、ノレンは眠っているのに周囲だけが必死に戦っているというズレがありました。今回もそのズレは続いていて、ノレンの危機なのに、夢の中だけは妙に自由です。これによって、作品全体が重くなりすぎない。
ただ、このラーメン夢は単なるギャグだけではないと思います。
ノレンはこれまで、周囲の男子からの好意や視線に振り回されてきた人物です。第2話以降、彼女はただのヒロインではなく、自分を守るために壁を作っている子として描かれてきました。そんなノレンが、催眠状態で眠らされているときに見る夢が恋愛ではなくラーメンというのは、どこか彼女らしい。
周囲はノレンをめぐって騒いでいる。
でもノレン本人の内側は、案外もっと日常的で、食べ物のことでいっぱいだったりする。
このズレが、ノレンというキャラクターの可愛さにもつながっていました。
催眠術がラブコメ装置になる怖さ
今回の中心にあるのは、やはりノレンの催眠状態です。
「目が覚めて最初に見た相手を好きになる」という催眠は、設定だけならかなりラブコメ的です。誰を最初に見るのか。シンなのか、天馬なのか、十三なのか。家庭科部の相関図がさらにややこしくなるのではないか。そういう笑い方ができる場面でした。
実際、ノレンが目を覚まして十三を見てしまう流れは、かなりコメディとして強いです。
目がハートになる。
十三が美化される。
ノレンが一気にガチ恋状態になる。
十三は動揺する。
ここだけ切り取れば、かなり楽しいラブコメイベントです。
でも、冷静に考えるとかなり危うい。
ノレンの気持ちは、ノレン自身の意思ではありません。催眠術によって植え付けられた感情です。だから、どれだけ可愛く見えても、それを喜んで受け入れてはいけない。十三がそこでちゃんと怯え、距離を取ろうとするのは、かなり大事でした。
この場面で十三の“中身が大人であること”が効いています。
もし普通の中学生男子なら、突然ノレンに好かれて舞い上がってしまうかもしれません。相手が自分を好きだと言ってくれるなら、そのまま受け入れたくなるかもしれない。
けれど十三は違います。
彼は中身が大人であり、父親でもある。
だから、催眠状態のノレンを恋愛対象として扱ってはいけないことを理解している。
第7話では、十三のおっさん感や父性が笑いと頼もしさの両方に使われていました。第9話では、それが倫理観としてかなりはっきり出ていました。
ノレンに好かれること自体は、状況だけ見ればおいしい展開にも見えます。
でも十三は、そこに乗らない。
むしろ震える。
これは、かなり真っ当な反応です。
『キルアオ』はこういうところが面白いです。
ラブコメの定番イベントを出しながら、それをそのまま都合よく処理しない。
「これは催眠であって、本人の意思ではない」というラインを、十三の反応でちゃんと示している。
だから笑えるのに、変な不快感が残りにくいのだと思います。
殺し屋バレは、十三の学校生活を大きく揺らす
今回のもうひとつの大きな出来事は、十三の殺し屋としての素性が天馬にバレることです。
これはかなり重要です。
ここまで十三は、中学生として学校生活を送りながらも、自分の正体を隠してきました。周囲から見れば、少し変わった中学生。運動能力が異常で、私服がおっさんで、どこか頼れるけれど妙にズレている少年。そのくらいの認識だったはずです。
でも、天馬は今回、十三の裏側に触れてしまいます。
十三が普通の中学生ではないこと。
殺し屋としての過去を持つこと。
危険な世界とつながっていること。
ここがバレることで、十三の学校生活は大きく変わる可能性が出てきました。
第1話からここまでの『キルアオ』は、十三が学校生活に少しずつ馴染んでいく物語でもありました。勉強を楽しみ、家庭科部に入り、スポーツを楽しみ、ノレンや白石くん、千里部長、天馬たちと関係を作っていく。
けれど、その関係は十三が“普通の中学生としてそこにいる”ことを前提に成立していました。
正体がバレれば、その前提が崩れる。
特に天馬は、ただの脇役ではありません。第5話、第6話で家庭科部とぶつかり、スポーツを通して少しずつ仲間側に近づいてきた人物です。千里部長への好意もあり、家庭科部とも関係が深い。そんな天馬に知られるということは、十三の秘密が学校側の人間関係に入り込むということでもあります。
この第9話は、十三の二重生活がいよいよ保てなくなり始めた回だったと思います。
天馬が持ち込む“普通の正しさ”が強い
今回、天馬の存在感がとても大きかったです。
第5話の天馬は、かなり鼻につくキャラクターでした。スポーツ万能で、自分に有利なフットサルで勝負を挑み、家庭科部を見下す。最初は素直に応援しにくいキャラでした。
でも第6話で、彼はちゃんと謝れる子だと分かりました。スポーツに対しては真剣で、相手を認める素直さもある。第7話ではデリカシーのなさを見せながらも、スポーツマンとしての芯も見せていました。
そして第9話では、天馬の“普通の正しさ”がかなり大きな意味を持ちます。
殺すのはダメ。
それは当たり前のことです。
でも、十三の世界では、その当たり前が揺らいでいます。十三は殺し屋です。敵を殺すこと、危険を排除すること、それが彼の生きてきた世界のルールでした。竜胆兄弟もまた、その裏社会側の人物です。
そこに、天馬が「殺すのはダメ」というごく普通の価値観を持ち込む。
これがとても大事でした。
天馬は特別な理屈を語っているわけではありません。むしろ、とてもシンプルです。人を殺してはいけない。命を奪う方向で解決してはいけない。普通の中学生として、普通にそう言っている。
でも、その普通さが十三には刺さる。
『キルアオ』は、十三が中学生に戻ることで、ただ勉強や部活をやり直すだけの話ではありません。もっと根本的には、彼がこれまで当然としてきた価値観を、学校という場所で少しずつ見直していく話でもあります。
第3話では、人に教わることを知りました。
第6話では、スポーツを楽しむことを知りました。
第7話では、ノレンを守る父性が強調されました。
そして第9話では、天馬を通して“殺さない正しさ”に触れる。
これはかなり大きな成長です。
天馬は、戦闘力では十三に及ばないかもしれません。裏社会の知識もありません。むしろ状況の細部は分かっていない部分もあるでしょう。
でも、だからこそ彼の言葉は強い。
裏社会の理屈に染まっていない。
普通の中学生として、真っすぐに「それはダメ」と言える。
その正しさが、十三の世界に必要だったのだと思います。
竜胆兄弟が憎めない敵として見えた理由
第9話では、敵側だった竜胆兄弟の見え方も変わりました。
第8話までの流れでは、催眠術を使って周囲を巻き込み、ノレンを危険な状態にした厄介な敵という印象が強かったです。催眠術は一般人を敵に変え、味方を疑わせる能力ですから、かなり嫌な相手でした。
けれど第9話では、兄弟愛が見えてきます。
兄は弟を守ろうとする。
弟も兄を慕っている。
命乞いの場面にも、どこか切実さがある。
もちろん、だからといって彼らのやったことが消えるわけではありません。ノレンを危険に巻き込んだこと、催眠術で他人の意思を奪ったことは、かなり問題です。
ただ、それでも彼らをただの悪党として切り捨てない描き方になっていたのが良かったです。
『キルアオ』は、敵キャラにもどこかズレや愛嬌を入れてきます。
シンも変。
天馬も最初は嫌なやつだけど根は真っすぐ。
竜胆兄弟も、危険な敵でありながら兄弟の情がある。
この描き方によって、物語が単純な勧善懲悪になりすぎません。
特に今回、天馬が「殺すのはダメ」と言うことで、竜胆兄弟は“倒すべき敵”から“処理の仕方を考える相手”に変わります。
ここが大きいです。
十三だけなら、裏社会のルールで処理していたかもしれない。
でも天馬がいることで、別の道を考える余地が生まれる。
この構図が、第9話のかなり重要なポイントだったと思います。
催眠術が“便利な力”に変わる面白さ
第8話では、催眠術はかなり怖い能力として描かれていました。
一般人を操る。
信頼できる人間の姿を利用する。
ノレンの意思を奪う。
場の安全性を壊す。
ところが第9話では、その催眠術が今度は後処理に使える便利な力として見えてきます。
記憶を消す。
情報を整理する。
危険な秘密を隠す。
そして、敵だった人物を味方にできる可能性まで出てくる。
これは面白い反転です。
怖い力は、使い方によって便利な力にもなる。
問題は力そのものではなく、どう使うかにある。
もちろん、催眠術は他人の意思や記憶に触れる能力なので、扱い方を間違えればかなり危険です。だから手放しで良い力とは言えません。でも、十三たちのように秘密を抱えた側にとっては、これほど後処理に向いた能力もありません。
第9話では、天馬に催眠術が効かないという意外な要素も出てきます。これもかなり面白いです。
天馬は、ある意味で催眠術に対しても“まっすぐすぎる”存在なのかもしれません。スポーツマンとしての芯の強さ、単純さ、真っすぐさ。そうした性質が、催眠術のような人の心を操作する力と相性が悪いようにも見えます。
催眠術で片づけられない相手がいる。
だからこそ、言葉で向き合う必要がある。
これもまた、第9話の大事なところでした。
十三が“殺し屋”から“学校にいる大人”へ変わっていく
今回の十三は、これまで以上に「殺し屋」と「大人」の間で揺れていました。
殺し屋としての十三なら、危険な相手を排除する判断は早いでしょう。敵を残せば、また危険が起きるかもしれない。自分やノレン、家庭科部の仲間たちを守るためには、厳しい処理が必要だと考えるのも自然です。
でも、第9話の十三はそこに留まらない。
ノレンの催眠状態に対して、ちゃんと倫理的に動揺する。
天馬の言葉を聞く。
竜胆兄弟をただ消すのではなく、別の形で処理しようとする。
学校生活を守るために、裏社会のやり方だけではなく、普通の人間関係のやり方も考える。
これは、十三が変わってきている証拠です。
第1話の十三は、悪党しかやらない主義とはいえ、殺し屋としての価値観の中にいました。
第9話の十三は、そこに学校で出会った人たちの価値観を取り込み始めています。
白石くんからは、教わることを知った。
千里部長からは、人のために作る姿勢を学んだ。
ノレンからは、相手の意思を尊重する難しさを知った。
天馬からは、殺さない正しさを突きつけられた。
こうして見ると、第9話はかなり大きな転換点です。
十三は中学生として学校にいるだけではなく、学校の人間関係によって本当に変わり始めています。
解決したようで、まだ危うさが残る終わり方
第9話は、ノレン救出編としてはひとまず解決したように見えます。
ノレンは無事。
竜胆兄弟の問題も整理される。
天馬には十三の正体がバレたものの、そこから新しい関係が生まれそうな気配もある。
千里部長も無事に戻ってくる。
かなり賑やかで、後味も悪くありません。
でも、完全に安心できる終わり方ではありませんでした。
まず、ノレンの催眠状態が残っています。十三に対してガチ恋モードのような反応を見せることで、今後の学校生活はかなりややこしくなりそうです。これは笑える要素ではありますが、同時にノレン本人の意思の問題でもあります。
そして、天馬に殺し屋バレしたことも大きい。
天馬は真っすぐな人物です。悪用するタイプではなさそうですが、それでも秘密を知ってしまったことに変わりはありません。十三の学校生活は、これまでより一段危ういものになりました。
さらに、竜胆兄弟のような裏社会側の人間が学校生活に接近してきたことで、十三の二重生活はもう完全には分けられなくなっています。
学校は安全な場所ではない。
でも、十三にとって守りたい場所になっている。
だからこそ、今後の緊張感が増していく。
第9話は、ひとつの事件を終わらせながら、次の不安も残す回でした。
第9話は、笑える混乱の中で“殺さない物語”へ踏み出した回だった
『キルアオ』第9話は、かなり笑える回でした。
ノレンのラーメン夢。
催眠で十三に惚れるノレン。
動揺する十三。
首トンで強制シャットアウト。
催眠術が効かない天馬。
変装や服装へのツッコミ。
竜胆兄弟の妙な憎めなさ。
ひとつひとつの場面は、かなりコメディとして楽しいです。
でも、その中心にあったのは、かなり大事な変化でした。
十三の殺し屋としての正体がバレる。
催眠による好意を、十三がちゃんと拒む。
天馬が「殺すのはダメ」という普通の正しさを持ち込む。
敵だった竜胆兄弟にも、生かす道が見えてくる。
これは、単なるギャグ回ではありません。
十三が“殺し屋として処理する物語”から、“学校で出会った人たちの価値観によって変わっていく物語”へ踏み出している回だったと思います。
天馬のまっすぐさは、ときどき空気を読まないし、デリカシーも足りません。けれど今回、そのまっすぐさがとても大事でした。
裏社会の人間なら見落としてしまう当たり前。
殺し屋の理屈なら押し流してしまう普通の正しさ。
それを、天馬はそのまま十三にぶつけた。
だから第9話の一言は、「普通の正しさ」だと思います。
十三は強い。
でも、強さだけでは学校生活は守れない。
人を殺さないこと。
相手の意思を尊重すること。
普通の中学生の言葉に耳を傾けること。
第9話は、その全部が笑いの中に自然に混ざっていた回でした。
ノレンの催眠状態はまだ尾を引きそうですし、天馬に正体がバレたことで、十三の学校生活もますます複雑になっていきそうです。けれど、その複雑さこそが今の『キルアオ』の面白さになっています。
殺し屋なのに、学校で学び直す。
大人なのに、中学生たちから教わる。
強いのに、普通の正しさに揺さぶられる。
第9話は、その作品らしさがとてもよく出た一話でした。
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アニメで十三たちの関係性が気になった方は、原作コミックスで細かなやり取りを追い直してみるのもおすすめです。ノレンの催眠状態や、天馬との関係の変化など、アニメとはまた違ったテンポで楽しめると思います。
最後までご覧いただきありがとうございました。
