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兄が長男に戻った日

5月25日は
亡くなった母の誕生日だった

兄の家に仏壇があるので
私はLINEで
「今日はお母ちゃんの誕生日やから
お花供えてね」
と兄に送った💐

兄からは、短く
「ありがとう」
と返事がきた

この兄
昔は絵に描いたようなヤンキーだった

リーゼントにハーレー🏍️
煙草をくわえ
警察に補導されたこともある
忘れもしない
私が警察に引き取りに行った😂

思春期くらいから
父と折り合いが悪くなって
ほとんど家に寄りつかなくなった

小さい頃は父に旅行へ
連れて行ってもらっていたのに
反抗期のまま大人になってしまった

ヤンチャやったわ〜


高校卒業後に家を出て
専門学校を卒業し
家を建てて開業した
(その家は頭金を嫌われてた父が払うのだが🤭)

元ヤン!今は先生なんて呼ばれる🤭

兄は長い間
家族から距離を置いていた

兄でありながら兄ではなく
両親の子供でありながら
もう家族ではないようだった

結婚した兄に子供が産まれて
私達は甥に会いに行くのだけれど
兄は冷たくて
お嫁さんだけが
優しかったな

そんな兄が変わったのは
それから何年も経って
父が肺がんになった時だった

京都にいる私は週末にしか帰れず
実家近くに住む兄が
病院と家を往復した
時には母を病院へ連れて行き
必要なものを運び
父が食べられなくなると
ゼリーやプリンなど 
喉を通りやすいものを
一生懸命探して食べさせてくれた

父は、自分の最期をわかっていた

私は父から
生前にやっておきたいこと
亡くなったあとにしてほしいことを
聞き出してノートに書き留めた📔
そして兄に渡した

私は週末になると
新幹線で岐阜へ帰り
病院の付き添い用ベッドで寝た🛏️
兄は駅まで送り迎えをしてくれた

お兄ちゃんありがとね


そして兄は
ノートに書かれたことを
ひとつずつ実行した

父の最期を看取ったのも兄だった
大嫌いだった父の最後に
兄は
「ご苦労様でした。ありがとう」
そう声をかけたという

父は商売をしていたため
葬儀は大きなものになった

親戚や関係者への連絡
葬儀屋との打ち合わせ
友人代表の挨拶
弔辞のお願い
兄はそのたび頭を下げ
全部やり遂げた

墓を建て
納骨まできちんとしてくれた

父が亡くなったあと
兄はそれまで寄りつかなかった
実家へ毎日のように通うようになった

母は大好きな兄
母の好きな食べ物を持って行き
花を届け
長く空いた時間を埋めるように
母との時間を大切にした

数年後
今度は母が怪我をし
心臓も悪くなって入院した
病院、老人ホームへの
手配も兄が全部やってくれた

費用も決して安くはなかった
それでも兄は私に

「母親を看るのは長男の役目やから
俺が全部やるし、お金の心配はするな」
そう言って
私に一円も出させなかった

やがて母も亡くなった
今度はノートはなかった
それでも兄は
母が喜ぶような見送りを
きちんとしてくれた

誰もいなくなった実家の処分まで
全部兄が背負った

兄は父の病気をきっかけに
息子に戻った
長男に戻った
そして、私の兄に戻った
35年振りに

今、兄の家には仏壇がある
そこには父と母
そして私も一緒に写った
家族写真が飾られている

兄は今でも
仏壇に花を供え
墓を守り
両親を気にかけながら暮らしている
まるで、失った35年という時間を
少しずつ埋めるように

若い頃
あれほど家から離れていた人が
今は誰よりも家族の近くにいる

兄は
両親がいなくなったあとも
残された私のために
一生懸命「兄」をしてくれている

駅まで迎えに来てくれた日のように
「心配するな」と言ってくれた時のように
今も変わらず
お兄ちゃんをしてくれている

兄は多分
そんなこと意識もしていない
照れくさいから
きっと口にも出さない

でも私はわかる気がする

兄は、長い時間をかけて
家族のところへ戻ってきた
今さらながら
父と母の子供で
私の兄でいてくれている

私は
そんな兄の妹でよかったと思っている

ちなみに元ヤンの兄
今もハーレーに乗って
ツーリングしてるらしい🏍️

兄よ、照れるな
心からありがとう😊

良かったら自己紹介も読んで下さいね😊

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