東風解凍 はるかぜこおりとく
今日は立春。暦の上ではもう春が始まる。日差しは確実に強くなってきて、まだ冷たい空気の中に、ほんの少しやわらかさが混じる気がする。二十四節気は、無意識のうちに暮らしに溶け込んでいる。小寒、大寒、立春・・・言葉にすると、季節の輪郭がすっと立ち上がる。そして今日は七十二候で『東風解凍(はるかぜ こおりを とく)」。
もともと太陽の動きを基準にして古代中国で生まれた二十四節気。天文学的なリズムなので国が違っても大きなズレはない。そして一節気をさらに細かく5日ずつ初・次・末候の3つに分けたのが七十二候。気象の動きや動植物の変化を知らせるもので土地が変われば合わなくなる。そこで日本の風土、気候にあうものとして江戸時代の暦学者らにより改訂されたのが『本朝七十二候』。(←wikiで今回学び、初めて知りました。)日本の天候、自然現象を観察して作り直された暮らしに寄り添う暦なのだ。

その立春の初候が 東風解凍(はるかぜ こおりを とく)。東から吹く春の風が、氷をゆるめはじめるという表現が繊細に春の兆しを表している。閉じていたもの、閉じこもっていたものが静かに動き出す気配を表した言葉。急激にではなく徐々に「兆し」を空気や光の中に感じ取れる日本人の繊細さゆえの言葉だと思う。
ただ昨今の気候変動。令和に入ってから特に日本はもはや穏やかな季節の移ろいを楽しめる四季の国ではなく、春秋は短く長い夏と冬の二季の国になりつつある印象。今日は柔らかく暖かい日差しと頬にあたる優しい風が嬉しくて、立春・東風解凍を感じながら外を歩いたのだが、暦の言葉と、体感の季節のずれが大きくなり過ぎると、「令和版」もしくは「二十一世紀版」として『七十二候』の改訂が必要となる時がいつか来るかも知れないと、ふと思ってしまった。

