元気なふりして学校に戻ったら、泣かされたこと
昨日、兄が亡くなった時のことを思い出していた。
その後さらに、ずっと忘れてた記憶がよみがえってきて、うわぁ…と、心があたたかくなった。
兄が突然倒れ、その4日後に急逝。
倒れたと連絡を受けて病院に駆けつけてから、葬儀まで10日ほど学校を休むことになった。
久しぶりに学校へ戻った日。
たまった書類、健康診断の事後処理…。
学校モードに切り替えなければ、と廊下を歩いていたとき、思いがけない声が聞こえてきた。
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A君:「先生!久しぶりじゃないですか!」
B君:「先生〜!いつ来たんですか?!」
Cさん:「先生、お帰りなさ〜い!」
他の子たちも
「お帰りなさい!」
「お久しぶりです!」
「元気ですか!?」
…と、声をかけてくれる。
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その言葉が、心の奥にじんわり染み渡った。
(ああー、この表現多いけど、これを超えた感情なのです!!表したい!!)
だって——
A君は普段、ジャイアンそっくりで、周りの子を泣かせたり意地悪したりしている子。
いつも目が△になってるのに、なに!?私を見つめるその優しい目。
B君はしょっちゅう悪さをして、叱られてばかり。ときには親御さんが呼び出されることもある。
え?B君の目もめちゃ澄んでてきれい。
Cさんは、テスト前やちょっとやりたくないことがあると、頭が痛い・お腹が痛いと保健室にくる“常連さん”。
Cさん!なに?!その目力!エネルギッシュ!
その子たちが、私が休んだ理由を知らずとも、
誰に教えられたわけでもなく、
自分の感覚で、そのときにフィットする言葉をかけてくれる。優しい顔で。
いそいそと保健室に入り、泣くしかなかった。
私だから声をかけたんじゃない。
誰に対しても、こうしてあたたかく言葉をかけられる子たちだったんだ。
表面で決めつけていたのは私だったー!!
君たちは、もともとそういう力を持ってる子なんだよね!
見ようとしなかった私、申し訳なかった…。
「生きる力を育てる」
教育の世界ではよく耳にする言葉だけど、はっきりと感じた。
生きる力を私たちが育てるなんて、おこがましい。
「生きる力」は子どもたちと一緒に、育てていくものなのかもしれない。
本当にそう思った。
教えてもらった。
今もこうして思い出すと、エネルギーが湧き、私の生きる力になっている。
私も、
その場にフィットする言葉を、本能的に届けられる人でいたい。
あのときの、生徒のはにかんだ笑顔を思い出しながら、そう思っている。
今日のぽつり
誰にも、その人だけの力がある
でも、それは見ようとしないと見えてこない
それにやっと気づいた
