親が帰る前の、幸せな2時間
父も母も、まだ帰ってこない。
その時間が、私は好きだった。
家なのに、親がいない方が落ち着く。
今思えば、おかしな話だ。
でもあの頃の私には、
それが一番自然だった。
─────
私は、学校が終わると家に帰る。
遅くならない限り、家にいるのは妹たちだけだ。
父も母も仕事でいない。
玄関の扉を開ける。
「ただいま」
リビングから声が返る。
「おかえりー」
「あ、もう始めてるな」
私は急いでリビングに上がる。
妹たちはこたつに入り、じゃんけんをして順番を決め、ゲームをしている。
こたつの上には、むいたみかんの皮が山になっている。
「わあ、楽しそう。私も入れて」
制服のままこたつに座り、みかんを一つ取る。
「いいよ。でももう順番決めたから、お姉ちゃんは一番最後ね」
真ん中の妹が言う。
「今日は一人何分?」
「30分。だから、今ももちゃんで、次が私」
「了解。あー、お腹すいた。ラーメン食べよ」
私は立ち上がり、台所へ向かう。
袋麺をガサガサと開け、鍋に水を入れて火にかける。
「え?夕ご飯あるのに今から食べるの?」
「だってお腹すいたんだもん」
どうせ私の順番は一番最後だ。
ゆっくり食べていればちょうどいい。
湯気の上がる鍋の前に立ちながら、
リビングから聞こえる妹たちの声を聞く。
「あと5分だからね!次、私だからね!」
「わかってるって!」
ももちゃんはみかんを食べながら、真剣にコントローラーを握っている。
私はラーメンをすすりながら、
その様子を見て笑う。
やがて順番が回ってきて、最後に私の番になる。
30分経った頃、私は時計に目をやった。
5時半が近い。
「そろそろだね」
誰かが言う。
私はゲームを止める。
3人で立ち上がり、こたつを挟んで向かい合う。
何も言わなくても、時間になると始まる。
「いくよ」
「じゃんけんポン」
少しだけ空気が張る。
ぱっと手が出る。
声が重なる。
「うわ、負けた」
「やったぁ、一番!」
笑いながらも、本気だった。
妹2人はグー。
私はチョキ。
「……ああ、負けた」
私は肩を落とす。
「もう洗濯物確定じゃん」
「そうだね、負けたら終わりだよね」
妹が笑う。
勝った順番に、
仕事を取っていく。
一番人気は、ごはんの準備。
次が、お風呂とリビングの掃除。
そして、最後に残るのが洗濯物。
洗濯物は二階の端。
寒くて、暗い部屋。
「寒いんだよね、乾いてるか分かんないし」
ブツブツ言いながら、私は立ち上がる。
「ああ、寒い」
階段を上がった一番奥に、洗濯物の部屋はある。
フローリングの床から冷気が足元まで上がってくる。
靴下ごしに冷気が太ももまで侵食してくる。
吐く息が白い。
「息白いとか、もう外じゃん」
私は赤くかじかんだ手で、洗濯物を畳む。
乾いているのか、まだ湿っているのか、よく分からない。
そのまま畳む。
指先が冷える。
「ああ、今日も負けちゃったなぁ」
一枚ずつたたむ。
パーカー。
父のワイシャツ。
妹の小さな靴下。
下の階から、妹たちの声がかすかに聞こえる。
畳み終えた洗濯物をカゴに入れて階段を下りる。
リビングでは、ごはんの準備ができている。
温められたおかずが並び、机が拭かれている。
私は洗濯物をそれぞれの部屋に置き、こたつに戻る。
「寒かったー!」
「お姉ちゃん遅いー」
「洗濯物だったんだから仕方ないじゃん」
「あの部屋寒いよねぇ、絶対幽霊いるよ」
「怖いこと言わないでよ」
3人で座る。
いただきます。
他愛もない話をしながらご飯を食べる。
テレビを見ながら、今日あったことを話す。
食べ終わると、片付けてお風呂に入る。
3人で脱衣所に入り、
ぎゅうぎゅうになりながら湯船につかる。
「あつい」
「動かないで」
「狭いって」
笑い声が響く。
高校生は私だけだけれど、
こうしていると、年齢の差はあまり関係なかった。
夜はまだ静かで、
父も母も帰っていない。
三人だけの時間が、
当たり前のように続いていた。
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🫧この形の私

