お姉ちゃんだけだと思ってた 🔥4
人生で数少ない平穏の時。
夫と過ごす時間は、
ただそこにいるだけで安心できた。
けれど、実家は違った。
私がいる時から、
あの家の中は、常に不穏で満ちていた。
父親の口から発せられる獣のような雄叫び。
家が揺れる程の物音。
体は硬直し、息が詰まる感覚。
4年間、水の中で呼吸をしているようだった。
夫と過ごす日々。
ようやく、私は呼吸というものを努力なしに
することができていた。
ああ、私は解放されたんだ。
何も起こらない幸せを、ただ噛み締めた。
─────
結婚して少し経った頃。
スマホが鳴る。
妹だった。
「もしもし、れいちゃん?」
耳の当てたその先で、
泣きながら話す妹の声。
妹から語られる、聞き覚えのある話。
父親の怒鳴り声。
家が揺れるほどの物音。
不機嫌。
無視。
そして、圧力。
私はその現場を見ていない。
全ては妹から聞いた話だ。
けれど、それは、
幼い頃から受けてきたもの
そして、高校生のときから家を出るまで
受け続けたそれに、似ていた。
胸がざわつく。
「殺されるんじゃないかって思う」
受話器の向こうから聞こえてくる
妹の悲鳴を、ただ聞くしかなかった。
─────
私が実家に行くと、
父はニコニコと楽しそうに接してきた。
それは、私が実家にいた時とは
別人のようだった。
あの日々は、
私だけが見ていた悪夢だったのかと
思ってしまうほどに。
─────
「怖くてたまらない」
それからも妹は、
何度も泣きながら電話してきた。
「困ったらうちにおいで」
私はそう言って、話を聞いただけだった。
そんな自分が不甲斐ないとも思った。
そうして、妹は少しずつ追い詰められていった。
─────
妹のれいちゃん。
彼女は、小さい頃から
父親にいつも優しくされ、
かわいがられていたように見えた。
私が大声で叱られる横で、
布団を並べてすやすやと眠る妹。
それは、とても理不尽な光景だった。
─────
ある日、我が家に来ていた妹が言った。
「毎日、無視される。睨まれる。辛いよ」
「信じられない。ひどいね」
どうすれば良いだろう。
どうしたら、妹を救えるのだろう。
私に、何ができる?
考え込む。
妹は顔を覆い、悲痛な声で呟いた。
「こんなことをやられるのは
お姉ちゃんだけだと思っていた。
私がこんなことになるなんて」
「お姉ちゃんは大丈夫な人じゃん。
でも、私には耐えられないよ」
目を見開く。
―― え?
やられるのは、お姉ちゃん。
……そう見えてたの?
心臓がひりひり痛む。
「お姉ちゃん、助けてよ」
妹の泣き声に、心が痛かった。
でも同時に、
胸の奥に別の痛みが走っていた。
私は、
ずっと「大丈夫な人」だったのだろうか。
それからも私はただ、
妹の話を聞くだけだった。
父の前に立って妹を守ることも、
何かを引き受けることもしなかった。
─────
それから半年後。
妹が結婚して家を出た。
結婚相手と妹に対する父の態度は
ひどかったという。
もしあの時、妹と同じ立場に立てば
あの状況を変えられたのだろうか——。
私は、
妹を救いたかったのだろうか。
救わなかったのだろうか。
答えは今も分からない。
──────────
🫧この形の私

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
この話を別の視点から読む
▷ 「お姉ちゃんは大丈夫」という言葉が残った日
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
▶ 次の出来事へ(今更褒められても)
← この章の目次へ【揺れる絆】
← この物語全体を読む【シリーズ一覧】
