5時までに終わらないと、置いていかれる 🔥2
「5時までに終わらないと、置いていくよ」
母は言った。
それは、特別な日の話じゃない。
私にとって、置いていかれることは、
見捨てられることと同じだった。
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私が小学2年の頃、母は専業主婦だった。
まだ幼かった2人の妹も、母と家で過ごしていた。
「家に帰れば母がいる」
そのことが、ただただ嬉しかった。
学校からの帰り道、小さな商店のところを左に曲がると、家のある通りに出る。
早く母に会いたくて、
いつもその通りを走り抜けた。
ガチャガチャガチャ……
私の走るリズムに合わせて
ランドセルの中の教科書や筆箱が踊る。
ランドセルはその度に肩にくい込む。
けれど、そんなこと気にならないくらい、
私は母に会いたかった。
「ただいま!」
靴を脱ぎ捨て、ランドセルを玄関に放り投げる。
「お母さーん!」家の中の母を探す。
母は、台所で夕食の準備をしていた。
「お母さん!」
笑顔で近づいた私に、
眉間に皺を寄せた母の顔が飛び込んでくる。
ガチャ、と鍋を置いて、母はため息をついた。
「あんた、手を洗ったの?靴揃えた?
ランドセル、置きっぱなしじゃないでしょうね」
「あ、はぁい」
私は慌てて手を洗い、靴を揃え、
ランドセルを持って入る。
高い登り棒で上まで上がれたよ。
タイヤのブランコ、立ち乗りできたんだよ。
難しい引き算をやったよ。
帰り道、かわいい花が咲いてたんだよ。
今日あった楽しいことを、母に話したくてたまらなかった。
「お母さんあのね、今日ね……」
話し始めようとした瞬間、先に母が口を開く。
「まずは勉強しなさい。話はそれから」
妹を見る。
いいなぁ、学校も勉強もなくて。
少し気持ちが落ちたけれど、
私は机に座ってノートを開いた。
「5時までに勉強を終わらせないと、
買い物に連れて行かないよ」
母が鍋を洗いながら言う。
いつもの言い方だった。
私は、買い物に行きたかった。
嫌々、机に向かう。
でも、どれだけ頑張ろうと思っても、すぐに気が散る。
消しゴムのカス。
妹が持っているおもちゃの音。
今日は何だろう。親子丼の匂い、した気がする。
文字を追っているはずなのに、ちっとも頭に入ってこない。
“やらなきゃいけない”ことは分かっているのに、
体も心もそっちに向いてくれない。
時計の針だけが進んでいく。
カチ、カチと音を立てるたび、焦りだけが膨らんだ。
5時を過ぎれば、置いていかれる。
それが分かっていても、勉強は終わらない。
あと15分。
算数は難しい。
漢字は書くと手が痛くなる。
足音が近づいてきた。
母が来る。
「終わらないと連れていかないって
言ってるでしょう?」
「あんた、その程度の勉強に何分かかってるの」
涙が出てくる。
目の周りがうるうるの視界になって見えにくい。
ノートが濡れて消しゴムで擦り切れる。
ますます勉強が手につかない。
置いていかれる。
お母さんに嫌われる。
見捨てられる。
怖くてたまらなくなった。
自分の想像に耐えられず、私は泣き叫ぶ。
「もう!あんたは!泣いても終わらないでしょう!」
母に怒鳴られながら、
涙でかすむ目で漢字を書く。
「もういい加減にして、毎日毎日……」
その言葉、声。
自分が何を書いているのか分からなくなる。
その日の宿題が終わったのは、6時をすぎていた。
買い物の最中も母はずっと言っていた。
「全く、宿題にこんなにかかるなんて、
これからどうするの。
また買い物行くの遅くなったじゃない。
いい加減にしなさいよ」
母は小言を言いながらも、
買い物に連れて行ってくれた。
泣きながら、母に怒られ勉強をする。
毎日、この繰り返しだった。
「同じことを毎日言わせるの」
母は呆れた顔でため息をつく。
「本当に、なんでできないの」
私にも、どうしてできないのか分からなかった。
その理由を説明することもできなかった。
お母さんがあきれてる、そんなこと言われる私がダメなんだ。
――私は、ダメな子どもなんだ。
ただ、そう思った。
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🫧この形の私

