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あの日、味が戻った

あの日々が、
どれくらい続いていたのか。

正確には覚えていない。

────

ある日の仕事終わり。

事務のヤマダさんが、私のフロアまで上がってきた。

「みのりさん。
近くでおいしいお店見つけてん」

「ブルーベリーのケーキとロイヤルミルクティーが
めっちゃおいしいねん。一緒に行かへん?」

たぶん、そんなふうに言ってくれたと思う。

大好きなヤマダさんに誘われているのに、
心は、まったく動かなかった。

嬉しい、という感情が湧かなかった。

うつむいたまま、
小さな声で言った。

「……いいです」

声を出したら、涙が出そうだった。
でも、それすら、どうでもよかった。

ヤマダさんは少し間を置いて、言った。

「うーん、そう言わずに行こうや。」

私は黙って首を横に振った。

もう言葉を発することすらできない。

お願い。
もう放っておいて。

私は下を向いたまま、俯いていた。

「いや、もう私、みのりさんのこと
このまま出来ひん。私のわがままや。」

ヤマダさんはそう言うと、
私のカバンと私の手を取った。

私は抵抗する力もなく、
そのまま会社を出た。

────

連れて行ってくれたのは、
駅の地下にある、アンティーク調のカフェだった。

コーヒーのいい香りが漂っていた。

私はコーヒーが飲めなかった。

「ロイヤルミルクティー好きやろ。
ここ、ほんまにおいしいねん」
そう言って、私を席に座らせた。

「軽食しかないけどな。
ケーキ食べてから、どうするか考えよ」

メニューをめくりながら、
何でもないことのように話す。

その優しさが、
静かに、私の心に触れた。

私は、声を出さずに泣いた。
ぽろぽろと、ただ涙が落ちた。

ヤマダさんは、何も言わず、
ただ静かに見ていた。

しばらくして、
ぽつりと一言。

「みのりさん、頑張ったなぁ」

その瞬間、
胸の奥に溜まっていたものが、
一気に溢れ出た。

息ができないほど、泣いた。

────

しばらくすると、ケーキが運ばれてきた。

生クリームのケーキに
たっぷりのブルーベリーやクランベリー、
いちごのソース。

ロイヤルミルクティーは、
大きなポットにたっぷり入れられていた。

一口、口に運ぶ。

……甘い。

おいしい。

フォークを持つ手が止まる。

───「味」がする。


私は、止まっていたんだ。

涙でぐちゃぐちゃになった頬。

ただ、そこにいるだけだった。

生きているのに、中身は空洞だった。

────

ケーキを食べ、
ロイヤルミルクティーを飲む。

私は少しずつ、言葉を取り戻していった。

救いは、
必死に探している時には来ない。

あの日、それは突然やってきた。

──────────
🫧この形の私

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