見出し画像

父の笑顔は妹だけに向いていた 🔥4

あの輪の中に入ってみたかった。

特別じゃなくてもいい。
普通に、あの輪の中で呼吸ができる。

父に許されて、
母に優しくされる。

ただ、それだけでよかった。

────

リビングから笑い声が聞こえる。
高くて明るい妹の声。

そのすぐ後、父の低い笑い声が重なる。

でも、その声が私に向けられたことは、これまで
一度もない。

これからも、この声が向けられることはないだろう。

────

妹と話す時の父の声には、棘がない。

私は隣の部屋で、その音を聞いている。

胸の奥が、じわりと熱くなる。
でもそれは、温かさではない。

内側から静かに焼かれているような、鈍い熱だ。

父は、妹たちには優しかった。

名前を呼ぶ声も違う。
トーンが違う。
言葉の選び方が違う。

「おかえり」
「今日はどうだった?」

柔らかい声。
笑いを含んだ声。

同じ口から、私には別の音が出る。

「……」
舌打ち。
低く、押し殺した唸り声。

同じ家の中。
同じ父親。

なのに、空気の温度が違う。

リビングのドアを少しだけ開けたとき、
父が妹の頭をぽん、と撫でているのが見えた。

その瞬間、胃が縮む。
喉がひりつく。

私には向けられたことのない表情。

私はそっとドアを閉める。
音を立てないように。

部屋に戻ると、心臓が速くなっている。
何もされていないのに、
何も言われていないのに、

体が傷ついたあとの反応をしている。

なぜだろう。

妹が笑うたび、
父が優しく返事をするたび、

私は、自分の立っている場所を突きつけられる。

家の中で、
私は歓迎されていない。

私は、壁にすがり、
何かを押し出すように息を吐いた。

────

食卓でもそうだった。

妹が話すと、父は顔を上げる。
目を見て、相槌を打つ。
冗談を返す。

それだけで、喉が閉まる。
声が奥に引っ込む。

食事の味は、よく分からなかった。
噛んでいるのに、味がしない。

妹たちは、悪くない。
何もしていない。

でも、並んで座っているだけで、
私は自分だけ色が違う存在のように感じた。

透明でもない。

家族でもない。

ただ、そこに置かれている。
家族の中で、私だけが浮いている。

父は妹に笑い、
私にだけ、眉をひそめる。


妹たちの前では、父は「普通の父親」だった。

それが、いちばん苦しかった。

もし父が全員に同じように冷たければ、
まだ納得できたかもしれない。

でも違う。

私だけが、標的だった。

その事実が、
言葉よりも強く、
私の中に沈んでいく。

夜、布団に入る。

リビングから、まだ笑い声が聞こえる。

その音を聞きながら、
胸の奥がひりひりする。

羨ましいのか。
悔しいのか。
悲しいのか。

感情が混ざり合い、
形を持たないまま、体の中を巡る。

涙は出ない。

ただ、体が重い。

私は何がいけなかったのだろう。
どこで間違えたのだろう。

考えても答えは出ない。

でも、父の態度は変わらない。

翌日も。
その次の日も。

笑い声の向こう側にいる父と、
にらみつける視線を向ける父。

その両方が同じ人物だという事実が、
私の感覚を狂わせていく。

私の感じている恐怖は、
本当に正しいのか。

優しく笑う父を見せられるたびに、
自分の記憶のほうが間違っているような気がしてくる。

同じ血が流れていても、
同じ屋根の下にいても、

私だけが、違う扱いを受けている。

その「差」が、
毎日、少しずつ、

私の心をベリベリと削っていった。

私は、
愛されない側の人間なのだと。

そう思い込むのに、
それほど時間はかからなかった。

──────────
🫧この形の私

▶ ︎ 次の出来事へ(息を止める癖🔥5

←   この章の目次へ【崩壊|逆襲】
←  この物語全体を読む【シリーズ一覧】

いいなと思ったら応援しよう!