母の言葉で、壊れていった日🔥5🔴
高校生になる頃、母は私にさまざまな愚痴を言うようになった。
私は、母の愚痴を受け止めることで「必要とされている」と信じていた。
母が話し始めると、頭の後ろ、首のあたりがずんと重くなる。
胸のあたりには大きな石を押し込まれたみたいな圧迫感が広がり、吐きそうになることもあった。
言葉そのものが、どろどろした汚れのように私の身体にまとわりつき、離れなくなる。
─────
愚痴の内容はさまざまだったけれど、特に父の話を聞かされるときは、私の心は深く傷ついた。
父が母にしてきたひどいこと。
それを聞くと、胸が痛く、存在そのものが汚れている気がした。
父は、母との結婚が決まった後も、複数の女性と付き合っていたらしい。
結婚後、家には複数の女性から嫌がらせの電話がかかってきたという。
私たちが生まれてからも、不倫、飲み歩き、外での散財、家にお金を入れない生活が続いた。
母の給料を巻き上げ、給食費も払わず、記憶を失い、モラハラをし、
物に当たり、アルコールに溺れる日々。
その一つひとつが、私の中に沈殿していった。
母が吐き出す話は、よそのおじさんの事ではない。
他でもない、私の父だった。
父への説明できない嫌悪感。
“その血が自分にも流れている”
紛れもない事実が、私の存在そのものを汚れたもののように思わせた。
自分なんか生きていてはいけないんじゃないか、と感じてしまうほどの嫌悪と絶望が、毎日身体を蝕み続ける。
それでも当時の私は、母を
唯一の味方だと思っていた。
正確には、「唯一の味方であってほしい」と
願っていた。
どれだけ母の言葉が私を傷つけても、
必死に受け止めた。
見捨てられないために。
必要とされるために。
情けない自分でも、そばにいてもらうために。
けれど、私は長年にわたって否定、罵声を浴びせられ続けていた。
もう、私には自分の存在を信じられる土台なんて残っていなかった。
その私に、父の話はあまりにも重すぎた。
─────
“男”“結婚”という、人にとって大切な感覚を、母の愚痴がひとつずつもぎ取っていった。
そして、実際私の父親は男として信頼できる部分は、ほとんどなかった。
男性不信になったのかどうかは分からない。
ただ、「結婚したら女は虐げられ、男は化け物に変わる」と本気で思っていた。
それでも、唯一の救いは、私の頭がそこまで繊細にできていなかったこと。
嫌悪感は深くあったけれど、私は「結婚してみたい」「子どもを産みたい」と思えていた。
それは本当に幸運だったと思う。
今振り返ると、このとき母が口にした言葉たちは、私の人生の根幹を大きく揺さぶるほどのものだった。
当時の私は、ただ耐えるしかなかった。
耐えて、飲み込んで、母の隣に立ち続けるしかなかった。
──────────
🫧この形の私

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
この出来事を、別の視点で読む
▷ 子供だった私の考えていたこと
▷ 「ありがとう」が、呪いになる時
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
▶ 次の出来事へ(あいつが敵だと確信した日)
← この章の目次へ【崩壊|逆襲】
← この物語全体を読む【シリーズ一覧】
