精神世界マガジン ダイジェスト抜き書き (10200文字にギュッと

 
 後天的なものであったなら(ワクチンやウィルスなどによる理由は除外)、ここらの情報で十分対処可能なのではないか・・・と四半世紀ほどの経験から個人的には考えています。
 
 

抜き書き 

第1章 鬱抜けのための (2900文字
第2章 雑多な貼り付け (2700文字
第3章 想念の勉強 (4600文字

 


 


第1章 鬱抜けのための


 
 
〇脳内物質を生成する前駆物質を含め、栄養学的知識を獲得する。

 これについてはnote内にも記事がありますし、ネット上でも当然あるかと。様々あると思うのですが、読んだことのあるもので、ひとつだけ本を。一通り脳の仕組みに関する知識が網羅されていて、とりあえずそっち方向の知識がまとまっているよい本でした。ライフハックに関することや、きわどい麻薬系植物や物質などに関することまで記述があったかと。

https://www.sbcr.jp/product/4797344837/


〇足裏マッサージ

 足裏のツボは体の各所と繋がっています。簡素な足裏の刺激によって身体的心地よさ、身体全体へ向けての刺激反射による快適さの維持効果が期待できます。
 

〇瞑想

note内のstudio yukar vedaさんの「うつのセルフケア、瞑想 」より

 うつ症状は脳の前頭葉が正常な働きになっていない状態で、神経伝達物質ドーパミンも過剰分泌されるのだそう。ドーパミンの過剰分泌が不安などを長く続かせるのだそう。その、前頭葉に回復を与えるのが瞑想だということが、さまざまな研究結果に出ているのがわかった。

 とここまで引用ですが、執筆者の実感でも効果があると思います。深い瞑想状態においては、ほとんどの想念がなくなってしまい、ただただ静謐が鎮座しているような感じになります。気持ちが静まる。練習が必要ですし、初心者は違ったトコロにいってしまうこともあるそうですが、鬱症状改善のための候補のひとつではあります。
 

〇体の言い分を聞いてあげ、ケアする

 中井久夫「最終講義|分裂病私見」を昔読んで、今でも覚えている部分が一行ほどあります。(確か)「夕方になると誰でも多かれ少なかれ疲れているものだ」そのようなことを書いていたかと思うのですが、当時、私は言われてそれに気づいたクチでした。時間変化による状況変化に関する意識がわたしはおそらくほとんど無い人間だったと思います。つまり、夕方だからちょっとチョコレートでも頬ばっておこうか のような体のケアのようなことを思い発想行動とかは、辞書に驚くべきことに本当になかった。いつでも頭の中で別のなにかについて考えていました。
 ここは性差がでてくるところでもあると感じるのですが、例えばささくれをクリームでケアしてあげる、のような心の動き習慣は、身体に対する細やかな愛の行為で、自分のこころにも影響があるかと思い。
 小さなことやもしれぬのですけれど。
 

〇周りとの感情の関係を見直す

 執筆者は、たまたまそのことを観察できる視覚がありましたので、そのことが人間にどれだけの大きな影響をおよぼしているか、疑いようないそのことについて比較的長い期間に渡り考察などしております。低階層をひたすら堂々巡りする重い感情が、ほとんど全部家系からのとか他人に由来し起因する、ということだって本当に例が(他で聞いた話でも)あるのです。
 大きくは人間関係の感情に関する問題として卑近なものとして、共依存や愛着障害など。関連書籍は星の数ほど巷にあるでしょう。


バランスのとれた中立的、肯定的思考を習慣づける。
 (反対のことや事実に反することを考えない。真に完全に中立的な素材、すなわち如何なる点でも否定的な害悪に関連しないものを思考に用いる)

 ある書物から例文を。

「私は病気である。私は痛みがある」
病気(の描写) その際 心(否定的思考)が生じる。

「私は毎日良くなっている」
(病気に対する言葉による)治療の試み  その結果 心(否定的逆思考)
事実と違うことを無意識は知っている⇒こころみはうまくゆかない

「バラは素晴らしく美しい」
「太陽はなんと素晴らしく温かいのだろう」
(実際の効果として精神の)治療   その際 心(中立的な思考、肯定的思考及び願望夢←後述)
 

〇願望夢に浸る。

 ある書物から。

 人間は誰でも、通常幼いころから願望夢を持っている。空想の中に存在する願望夢の産物で、自分がいつか実現したいと思っているもの、あるいは単に好んで夢見たか、今でも夢見ているものである。~
 願望夢の中で自分の想念を最も空想に満ちた軌道に乗せ、巨大な空中楼閣を築き、感覚を喜ばせることのできるすべて、すなわち幸福、愛、美、理解、その他気持ちと感情を高揚させるすべてのものに耽ることは、あらゆる点で許されている。そこでは空想は果てしなく、また限界を設けようと試みるべきでもない。しかし最も必要なのは、たとえごく些細なものであろうとも否定的想念が意識の中に侵入しようとしたときには、必ずただちに願望夢を捉えるように気をつけることである。
 

〇孤絶してする作業をする

 文章を書いたり、のようなことです。集中すると自分は消え去ります。
 
 孤独(ソリチュード)自己と向き合うこと。「わたしはわたし自身と共にある」
 孤絶(アイソレーション)文章を執筆しているような状態。「他の人の存在から守られ、自分も他者も忘却している」
 孤立(ロンリーネス)群衆のうちでひとりで砂漠に佇んでいるような状態。他者との関りを欲しているのに叶えられず連帯の絆が絶たれている状態。「自己とも他者とも対話ができないこと」

 孤独と孤絶は自己の成長と進化の為に必要な状態だ。孤立に耐えうる者は少ない。
         ハンナアレントによる単独なひとりになる状態の定義。
(中山元による著書から。幾分文意が大幅に変わらぬよう取捨選択要約させていただいたきました)
 
 広がる(世界への浸透)内観する意識(対話)に至れば孤立は霧散し、包む世界に愛されるだろう。
 

〇無為にすごす

 人間はただ無為にあることによってのみ 自分をとり戻す。
とある霊的な書籍にあった言葉です。

〇音楽の力をかりる。

 エドガー・ケーシーのリーディングには、それぞれのこころの機微症状に作用するクラシックの曲が幾つか挙げられています(例えば無限世界との接触にはこの曲とか)。ケーシーはそういう細やかな曲の作用を、きっと霊的な存在からの助言によって行っていたのだと思います。
 グレングールドのバッハの演奏とか、バージニアアストレイのとあるアルバムとか、マイケル・フランクスのあれとか、普通にというか(笑)心を落ちつけるためにはコレのような音楽の紹介・書籍(例えば 「クワイエット・コーナー 心を静める音楽集」 山本勇樹 監修)なども今では充実していると思います。
 音楽の音響法則はある意味数学のようなもので、その構造音響によって聴者である人間にグルーヴする生命力による身体全体の統合感・穏やかさ・歓び・天上界や宇宙感覚との接触・世俗の民衆感情・悲しみ・こころ弾む「ポップ」な感覚などなどを喚起します。
 執筆者は、リズムがあるナシで分類すると「ある」音楽が好みで良好に作用します。
 人により好みは千差万別で数多存在するリズミックな要素を含んだ音楽、グルーヴ・音階の構造・演奏者の技量・音色加工(エンジニアリングなど)そうした様々な要素が奇跡的にかみ合わさって、一時的一過性の個人的なハマりではなく、いつでもこころを離陸させハイで繊細な陶酔に触れうる豊かな領域に、厳然とした物理法則のように鉄板で連れて行ってくれるのではという曲やアルバムがあることを、接することが出来た小さな自分の世界ながらも感じることがあります。まあ、無人島レコードかな。
 アーティスト名 アルバム名 凄くポピュラーなブツをふたつ 記するにとどめておきます。ポップな気分へといざなう方針で。他は秘密。

「コンプリート・ロジャー・ニコルズ&ザ・スモール・サークル・オブ・フレンズ 」ロジャー・ニコルズ&ザ・スモール・サークル・オブ・フレンズ

 ソフトロックと呼ばれるジャンルの世界遺産級の楽曲群。
 この時代のスタジオの録音機材・エンジニアリング・指向されたアーティスティックな視座・ソングライティング・アレンジメント・歌い手の当時の声質・・奇跡がそこにあったのだと。

「ペイパードライヴァーズミュージック」キリンジ

 富田ラボによるアレンジと音響トリートメント、デビュー時のキリンジの突出したソングライティング(スティーリー・ダンまでをも消化した)、日本屈指の演奏者(皆すんごいのだがベースの渡辺等による演奏が特に素晴らしいと思う。菅野よう子との仕事でもお馴染み)による演奏、ポップ音楽の最高峰であると感じ。


〇親身に話を聞き接してくれる、中立的肯定的思考を体現しているこころの健康な友人をみつける

 人間の同胞愛とその響きがいちばんの治療をもたらすとも感じます。
 
 
 人間は考えるものになってゆくという。それは毎日何十万の思考想念が人間のなかを通り過ぎてゆくわけだけど、職業的な必要で、個人の世界観によりその捉えて扱ってゆく世界が変化してゆく。
 ファンタジー的な世界に集中する文筆家や絵師であれば、それについて豊富な世界を創出するようになってゆく。そしてそれは集合意識的な層でもあるという話が存在する。

 
航海の無事を祈る
(*'▽')。
 
 



第2章 雑多な貼り付け


 人間関係でほとんどどんなことがあっても気にならない人は、約100人にひとりくらいです。
 こういう人達はなぜそうなのかというと、様々な感情に纏わる思いを、
理性的に解決したか、精錬し変質させた、だいたいここらへんに落ち着くかと。

 ヘミシンクによる意識の宇宙などへの飛翔と過去生のエネルギー層への働きかけによるカルマの救済の可能性。
 
 
 意識の進化発達は、それぞれの霊(人間)の自由意志にゆだねられている。
 

 エイブラハムによる感情の22段階。有名だよねっ。

 

感謝瞑想 
 ただ、「ありがとう」と繰り返すだけです。
 はじめのうちは単純極まりなく変哲のない作業感ただようよーこんなの に思うかもしれませんが、霊体のオーリングフィールドに拡張が起きて 「根源」からのエネルギーが次第に増えてゆきます。事実。認識や世界のとらえようが変化してゆく。「根源」からのエネルギーは、愛と勇気と希望、とでも言えるような性質を帯びたエネルギーであるようです。・・・詳しくはここでは書かない。
 

認識瞑想のやり方

(まず、紙と筆記道具を用意して下さい。)

 そして貴方が今一番知りたい概念(意味、内容)・・・例えば「愛」とか「心」とか「人間」「音楽」「金」「憎悪」「夫婦」とか の文字を何百でも書くのです。同じ文字、「愛」なら「愛」を何百も書くのです。
 その時、ゆっくりと一字一字書きます。そして例えば「愛」の文字を書く時、「愛」に対する貴方の考え方(概念)を一字一字、紙に書き写すように頭に浮かべながら一字一字ゆっくり書いて行きます。
 そのように書いて行きますと、突然考えてもいなかった新しい概念が浮かんできますから、それをメモし、またもとの概念に戻って書きつづけます。それが貴方には未知だった新しい「認識」です。
 地球人は一面的見方しか出来ない人が多いと宇宙の人は言っています。
 認識限想は多面的理解に人間を導きます。深い認識が人格形成の基礎である事は皆様御存じのことです。座禅による瞑想が苦手な人は、この認識瞑想を試みて下さい。勿論両方並行して行っても構いません。

 認識瞑想は如何なる害も起らない、素晴らしい方法です。皆様自身で確認することをお勧めします。
 
  

エネルギー 振動数 は 
意識が広がっていった それがあった結果 
世界との一体化の愛の感覚の経験などが起き 
 次第に 高くなっていった
  が 自然な流れ らしいですね。
情緒近くで触れられる そこに 幸福感もある。
 
 文中にあるのですけれど、地球のまわりは、低い想念波動のベールで覆われたようになっており、あなたは知らず知らずのうちに、その影響を受けてしまう これは本当のことです。

 テレビを視聴せぬこと。はじめの一歩。
 嘘を信じた人々の間で、情報・感情的なマトリックスが形成されアストラルレベルでつながるようになってしまう。(シュタイナー的見地からのアドリアナ・コウさんの論述より)
 
どれだけ放送の主体者が都合のよい情報を垂れ流しにしているかは、オルタナ系メディアに接している方には言わずともの事実であろう。調査によると、文字テロップは人間の思考力を何割か低下させる。
 

「希望」という概念・徳や、瞑想の際に想起するイメージとして推奨されたりする「太陽の働き」(霊的なセントラルサンとか)などを想起することによって、そういう特性のエネルギーとの接触に成功してゆく。
 
熟練してゆけば、自己のなかである部分・ウェイトを常に占めるようになってゆき、より接触が容易になり、自己の無意識もそういう性質の方向へと変化をする。

 何故、先に挙げた希望・太陽ふたつの言葉を、実際の効果がある例にあげたかというと、人間の霊をつくりたもうた存在(創造・Schöpfung)の基本的なエネルギー要素にこれらの特質が含まれるからです。(ここではあげていないエネルギーの特質に関する言葉ももちろんある
 意識できるかできぬかの差は、個々生じるかとは思う。

 傾向として、こころの問題に限ったお話ですけれど、人間は慣れ親しんだ状態を維持しようとし(恒常性の維持)、困った状態の自己のそのものに愛着を持っている。変わる事への不安が存在する。
 
なんか、複雑だなあ と。
 
 
 

 



第3章 想念の勉強 (4600文字

 
 

こんにちは!エリーナポワレです。

 ではまず1時間目は想念の勉強から致しましょう。
まず想念というものは、考える力という風にしましょう。
 考える力とは念波、念とは今の心・・・この瞬間様々な情報が磁気波として皆さんの脳に刺激を与えています。その波が波形に変わったときに、思考は意識を持ちます。
 これが想念というものですね。

 その統制が取れていない、つまりコントロールされていない状態、これが
分離です。想念の説明はこの程度の理解で結構です。

 皆さんの想念を受信して解析していると、その世界しか見えていないこと
を私は危惧しています。

 想念とは遺伝子に刻印されている情報原子です。それは過去の未来から
未来の現在まで死ぬこと無く生きている情報原子です。その情報原子は超
高速のラセン推進運動によって天高く登りつめ、光を発散させていきます。

 そこで皆さんが想念について考えなければならないことは、その想念とい
う情報原子、それをどこまで超高速に螺旋回転させていることを理解でき
るかが大切だと感じます。

 それはどういうことかといえば、情報原子はまず生産を創造し、その後それは発酵し、そして種々雑多の情報原子と混ざりあい、消費されていきます。
 それは消費されているということです。これで螺旋運動が一回転します。そして皆さんは次のレベルに導かれていきます。

 経済のシステ厶と想念のシステ厶は驚くほど類似しています。当然と言え
ばそれは当然なのですが、人は生産と消費についてのカラクリをまだ良く
理解できていません。経済と創造と人のあり様(想念のしくみ)についてまだ良く理解していません。

 皆さんが(ここで)感じることは生産です。それが如何なる展開によって消費されていくのでしょう。これから皆さんの未来に対して重要なことは、消費をいかに体感するかということです。人がどこかで亡くなれば(消費)、その同じ時刻に人がどこかで生まれています。(生産)

  貴方が今悲しみの想念をキャッチした時、その同時刻にどこかの誰かが喜
びの想念をキャッチしているのです。何という神秘のメカニズムでしょうか。

 貴方逹が手放したいと思っている想念(感情)を我々が受信するときがあ
ります。我々はそれをどの様な目で見ているのでしょうか。

 それはプラスとマイナスの感情が一体になってあらわれ、(波形として)
現象化していると言う視点で理解しています。~~



ここで質問!

 想念観察から導きだした結論ですが、ネガティブな想念というものは ”今まで自分がこの地球上で出して来たもの”という答えに辿り着きました。
 つまり自分自身が創造そのものであれば、自分の発したエネルギーがどの様な影響を与えたか?それを観察する機会を自ら創造している この様に考えられませんが?

エリーナ(プレアデスの方)

 全くその通りです。人間一人一人がこの事実に気付き、自分自身の責任として想念の影響の大きさを自覚していけば、直ぐにでもこの地球上の想念はクリーンな状態になっていくでしょう。

 我々が前に言った ”地球上の1%の人々がこの地球を支えている”の意味でもあります。

自分に来た想念に感謝し、自ら浄化して元に帰す 想念観察をした時にネガティブなものばかりがやってくるのはこのせいなのです。自分が今迄投げ付けたものを自ら受け取り浄化して投げ帰す・・・

 日本の皆さんが実行 約1億人がこれを実践しただけでも大変な貢献になるのです。これは全く初歩的な”奉仕”です。自分の責任は自分でとる。 

 せめて自分の出した排泄物は自分自身で片付ける この意識が浸透すれば、ボランティア活動するより遥かに地球には貢献出来るでしょう。

 想念観察一つとってもその意味は多様であり、これが絶対という論理的なシステムや答えが有る訳でもありません。
 しかし、やってほしい・・・ これが我々の本音です。その宇宙に対する影響の大きさ これを考えて下さい。

 悪想念を排出する事は宇宙全体に対して、エイズウイルスを撒き散らしている様なものです。

 全ての意識体がこの事実を理解すれば、とても恐ろしい事と自覚出来るはずです。自分のエネルギーの作用を自分自身で観察する、体験するのが意識体の基本性能だとすれば、自ずとその責任の大きさに気付くはずです。

 今の段階で責任を取らずに済む意識が有るとすれば、この宇宙では唯一創造でしかありません。創造はその行く末を見詰めているだけです。

 創造自身には”絶対”の概念はありません。この三次元では相対的なエネルギーの作用を観察し、その二極性が一体どの様な現象を起こし、どの様な結果を導くのか?それを観察しているだけなのです。
 皆さんには常に賢明な観察者である事を依頼したいと思います。

 想念と聞いて皆さんは何を考えますか?
 「感情」 「思考」という言葉ならよく耳にするけど、想念というのは馴染みがない、と 。簡単に言うと、想念とは絶え間なく皆さんの心に起きてくるさまざまな思いや気持ちのことです。

 身近な例では、仕事や勉強の際に浮かぶあれこれの考えや「今日は飲みに行きたい」 とか「疲れて眠い」とか「暑い」 「寒い」など、いくらでもあげられますが、ここでは「想念」をこまかく定義、分類せずに「感じている、思っているすべてが想念だ」との前提で話を進めたいと思います。

 なぜ、想念の仕組みを今ここで話題にするのでしょうか?
それは、想念に対する錯覚から、目下さまざまな事件や事故、不都合が急増しているからです。
 こうした事件を引き起こす人の多くは「今、自殺しろ」とか「あいつを殺せ」 といった誰かの声、天のお告げを聞いたと言います。

 実は、そのような想念を感じただけのことなのですが、問題はその想念が自分の意識とまったく区別できないほど一体化 (同化)している点にあります。

 感じている本人が、その想念を本来の自分自身の
「動かしがたい性質、性格だ」
と思い込んでしまっているのです。地球の皆さんの意識は、ほとんど 「病的な状態」であるとも言えます。

 まともに思考することなど困難な状態だ、ということです。

  なぜでしょうか?

 地球のまわりは、低い想念波動のベールで覆われたようになっており、あなたは知らず知らずのうちに、その影響を受けてしまうことにもよります。

 皆さんの不都合と不安に満ちた現実、そしてこの大きな矛盾をかかえた杜会を変えていくためにも、こちらで紹介している「想念観察」のテクニックをしっかり身に着け、実践してもらいたいと思います。


「不安」「恐れ」からあっさり開放される超簡単な方法!!
想念観察(内観)というのを やってみませんか?

  自分を知るための想念観察の説明

 まず、【あなた】 は想念 (心) ではないという事を知るための初歩コース

 想念 (雑念、感情、思考、心の動き) を、全く感情を入れずに観察する。

 例えば、憎しみ(あいつ、死ねばいい)、うぬぼれ(私は頭が良い!、私は善人!、私は謙虚、その他)など、様々な考え (想念) が心に去来しても、決して自身を反省したり、喜んだりせず、ただ、それらの想い (想念) をじっと目だけになって、観ているだけ。もし自分を責めたり、反省したりする想念が起こされても、それらの反省の想念や自己嫌悪の想念をじっと観ているだけにする。

 どのようなプラスやマイナスの想念が心の中を流れても、決して流れの中に巻き込まれずに、つまり感情の中に入らずに客観視に徹すること。

 想念観察は24時間体制で行えますので、常に意識して想念を観察するようにして下さい。最初この「客観視」は訓練を要しますが、そのうち習慣になります。

日中、行動しながら行いますと、かなり意識が散漫ですぐ忘れてしまいます。出来れば1日のうち数分でも、静かに座って集中的に想念観察を行って下さい。

 慣れたら、なるべく多く集中的に観察を行って下さい。想念観察の初歩の段階では、ただ、ただ、想念を観察する事にのみ、専念致します。
 この作業によって、想念(想い、感情、心) が本来の自分でない事が理解されて来ます。想念と自分との切離し作業です。

 想念 (想い、感情、心)が自分ではない事が大体判った段階で、初歩から中級の作業に入ります。

 中級の作業では、想念の原因究明……例えば、怒り、不安、恐怖、喜び、嫉妬等々の想念が、何故起こされてくるのか? というような、想念の根っこ(原因) が掘り起こされてきます。

 次にその原因(根っこ)はバランスを崩している状態である事がわかりますので、調和させる為の作業が行われます (中和作業) 。

 例えば、優越意識が見つかった時、[一例として](皆、創造である。一つである。)という真理の言葉[など]と照合させ、矛盾に気づくことで修正されていきます。

 不平不満が出て来た時は、感謝出来る部分を探し、[多面的な見方をし]気づくことで中和されていきます。

 責任転嫁の想念に気づいたら、(すべての原因は自分である)という真理の教えと照らし合わせ、間違いに気づけば修正されていきます。

 修正する事は難しいと考えるかもしれませんが、実はそれ程難しくないのです。何故なら《難しい》という想念にハマってしまっているから、難しくなってしまうのです。それともう一つ、焦りの想念にハマってしまって《難しい》と感じてしまいます。
 つまり《早くする事が難し》ので《毎日コツコツと気づいていく事》は難しくないのです。

 淡々と観察の作業を続けていけば、自然と様々な気づきが起こり、気づきに対する 《たとえば悩み 苦しみ、その改善の努力などの想念》も流れてきて、しばらくすると改善されていくことになります。そしていつのまにか穏やかで平安な境地にいる事にも気づきます。
 不安恐怖の無い生活環境も整っていくことでしょう。深い認識の想念も、度々あなたを訪問するようになります。

 想念観察はすべて内的作業

 つまり、想念(心、感情、想い)の自問自答形式で行われ、答えもすべて、自らの中に見つけ出せる方法です。
 ですから想念観察している人間は、外部に参考資料は求めますが決して外部に答えを求める事はありません。
 自分の言動はすべて自ら納得して行なっているものですから、責任転嫁も起こりません。

 もし、外部に責任や原因を追求するようなら、それは想念観察の甘さ、未熟さを暴露しているのです。
 責任転嫁する自分に気づいた時、それを想念観察の未熟さのバロメーターとして下さい。

 究極の想念観察は、創造との一体感を完成させますが、まず私達(プレアデス)の段階では、対立が起きないようになり、人類の長年の願望であった恒久平和が実現させられる事です。

他の如何なる方法でも、恒久平和を作り出す事は出来ません。

想念観察がたった一つの道なのです。
その平和は、まず自身の心の中に訪れ、

家庭の中に訪れ、

学校に訪れ、

社会に訪れ、

国に訪れ、

地球に訪れます。

さて、平和の頂上目指して、 一歩一歩登りましょう

百歩を一度に飛ぶのは難しいですが、一歩一歩一歩一歩は難しくはないのです。皆、毎日一歩一歩です。皆同じです。

他人と比べる必要もありません。

登る景色を楽しみながら、ゆっくりと急いでいきましょう。