『サーシャ・フィアースから読む ④』ビヨンセはなぜ感情を「設計」するのか― 『Lemonade』以降の表現構造
1.はじめに
前回まで、サーシャ・フィアースがどのような役割を持っていたのかを見てきました。
サーシャは、単なるステージ用キャラクターではありませんでした。
緊張や不安を抱えたままでも、自分の力を発揮するための「状態切り替え」の仕組みでした。
そして、その後ビヨンセはサーシャを必要としなくなります。
しかし、それはサーシャが消えたという意味ではありません。
サーシャによって培われた、
自分の感情やエネルギーを扱う力
は、より大きな表現へと変化していきました。
その変化が最も表れているのが、2016年のアルバム『Lemonade』です。
第4回では、サーシャ以降のビヨンセが、どのように感情そのものを作品として扱うようになったのかを見ていきます。
2.感情は「そのまま出すもの」なのか
一般的に、アーティストの表現は、
感じたことを歌う
経験したことを表現する
心の中にあるものを外へ出す
というように考えられることが多いです。
もちろん、それも表現の一つです。
しかし、ビヨンセの作品を見ていると、少し違う特徴があります。
彼女は感情をそのまま並べているのではありません。
どの感情を、
どのタイミングで、
どの強さで、
どのような形で届けるのか。
そこまで含めて構成しています。
つまりビヨンセにとって感情は、ただ表現するものではなく、作品を作るための素材です。
そして彼女は、その素材を組み合わせ、人が体験できる形へと「設計」しています。
では、その「感情という素材」を、ビヨンセは実際にどのような形で作品へ変えているのでしょうか。その代表例が『Lemonade』です。
ここから先は、ビヨンセが実際にどのように感情を作品へ変えているのかを見ていきます。
『Lemonade』は、単に苦しみや怒りを歌った作品ではありません。
そこには、感情が変化していく流れそのものを体験させる構造があります。
では、彼女はどのように複雑な感情をひとつの作品として成立させているのでしょうか。
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