やさぐれたい。
ユーリ(仮名)は、やさぐれていた。
その日、彼女は夫のある行動に小腹を立てていた。傍から見れば些細な事だったが、私にも気持ちはよくわかる。
ユーリは周りに気を使えるし、陽気で人懐っこく社会性もある。しかし、ほかではそう出さない喜怒哀楽の「怒」も、親しい人間(私)の前ではつい出てしまうというものだろう。
フムフムと聞いていた私が突然「そういえば竹内涼真のドラマめっちゃオモロいよ!」と全然カンケーない発言をしたあたりから話は完全に脱線した。
長い付き合いになると、会話ってこんな感じである。
翌日ユーリ家にて、夫君がのん気に「そういえば超ちゃんは何ていうドラマにハマってるんだっけ?」と尋ねたところ、まだイラついていた彼女は嫌味を込めドスを利かせながら
「だったらオマエが作ってみろよ!…だよ」
と言ったという。
『じゃあ、あんたが作ってみろよ』が、やさぐれフィルターを通って、だいぶ怖くなってしまった。
そんなユーリが若き会社員だった頃。
通勤電車が遅延し、振替のため並んだ券売機で焦って発券していたところ、背後から「早くしろよ!」とオッサンが喚いた。
怒りに震えながら彼女は振り返り
「なん…だと…?」
自分史上一番低い声でゆっくりと言い、鬼の形相で睨みつけたという。
一見おとなしそうで華奢なロングヘアの女子が「なめんなよ」とばかりに怒りを露わにした瞬間。
(危険だが)いいぞ!よく言った!と全ワタシが拍手喝采したのだった。
そんな彼女がカラオケで昔から歌うのは久宝留理子の「男」。
惚れたものの身勝手すぎる男にブチ切れる女の心情を歌った、90年代前半のヒット曲だ。
「♫だいたいいつも男なんて 自分勝手で頭にくる!」
何があったんだ?と思うくらい急にやさぐれて熱唱し、何があった訳でもないのだろうが、歌い終えるとスカッとしている。
一方そんな私が頻繁に歌うのは椎名林檎の「丸の内サディスティック」である。
「♫アオカンでいってちょうだい 終電で帰るってば池袋!」
もちろんこんな過激なセリフは実際に吐いたことがない。グレッチで殴ってなどと懇願したこともない。
何があった訳でもないのだが、慣れない巻き舌でやさぐれて歌うとスカッとするのだ。
今カラオケで一番歌いたいのが、Adoの「逆光」。
本家のVaundyも良いが、Adoの歌いっぷりは尖りまくりギラギラにやさぐれまくっている。
「♫あんたらわかっちゃないだろ、本当に傷む孤独を」
前方から業務用ファンの強風を浴びながらやさぐれたい。ショートヘアなのにロン毛なびかせてやさぐれたい。
思うに、私たちは、ときどき無性にやさぐれたい。
アタシがんばってんのよ!
アタシ欲しがってんのよ!
アタシ愛してんのよ!
アタシ生きてんのよ!
やさぐれついでにそう叫びたい。
幸せっちゃ幸せだけど、文句がない訳じゃない。
ストレスばかりじゃないけれど、少なからずストレスに心身を蝕まれているんだ。
このモヤモヤしたやりどころのない憤り。わかるかい?
あんたらわかっちゃないだろ、本当に老いる恐怖を。
ああ、やさぐれたい。
久々にユーリをカラオケに誘って、相川七瀬の『夢見る少女じゃいられない』を歌いたい。
「♫鏡の中いまも震えてる あの日の私がいる
夢見る少女じゃいられない!フーッ!」
とうに夢見る少女ではなくとも、「フーッ!」とマイクを叩きつけんばかりにやさぐれたら、きっと私たちはまた元気になる。
「フーッ!」
[完]
