物質的なもの(physical)とそうでないもの(non-physical) フリーランス1
木札に宿る二重の価値 〜モノづくりが「祈り」を支えるとき〜
1.目に見えるモノと見えない力の接点
あなたが「お守り」を手にするとき、それは単なるモノ?
それとも、特別な力を宿した何か?
私の日常は、物質的(Physical)なモノと、そうでないもの(non-physical)又は霊的(Spiritual)と呼ばれる力の狭間で成り立っている。
私の家業は、神社やお寺に納める木札の製造販売だ(ほかにも色々やっているが)。
一見すると古典的な製造業だが、この木札が人々の手に渡るまでには、物質的な価値と非物質的な価値が深く連携する、壮大なドラマがある。
結論から言えば、私たちが作っているのは、単なる木片ではない。
それは、神霊が降りてくるための「依代(よりしろ)」という器なのだ。
依代とは、神道や古来の信仰において「神霊が寄り憑く(よりつく)対象物や場所」を指す。
つまり、目に見えない神仏の力が、この世に現れるための「物理的な土台」なのだ。
今日は、フリーランス1日目になったので、ちょっと趣向を変え、私が作る最高の「依代」(物質的な仕事)と、神主・僧侶が担う「祈祷」(非物質的な仕事・霊性の注入)が、どのように連携し、人々の魂を支える最高の価値を生み出しているのかを考えたい。
2.物質的な価値(依代としての完成度)
私の仕事の難しさは、この依代が「究極のオーダーメイド」である点にある。
ご存知だろうか。
木札に書かれる朱印、文字、梵字、紙の折り方、水引の色、本数、結び方などは、それぞれの神社や寺院によって独自の組み合わせが存在する。
これは、その神社やお寺が深いこだわりをもって注文し、
その信仰の体系や個性、願いを物質的な形で表現しようとしているからだ。私たちは、その注文に沿うように、細部にまで技術を注ぎ込む。
しかし、素材である木は、自然の産物。変色、割れ、欠け、節、カビ、木目、反りなど、個々によって違いがあり、まったく同じものは一つとして存在しない。
そこに、美しく文字や朱印を入れ、神社は神社の、寺は寺の格式ある折り方(ときには非常に個性的な折り方)で仕上げることは容易ではなく、まったく同じように仕上げることは大変な挑戦なのだ。
「私に祈祷の力はない。」
しかし、この物質的なものを作っている段階で、私は心を込める。
それぞれ一体一体の木札が、その先に待つ人々の願いを届けてくれる最高の依代になるように、と願いながら丁寧に作り上げること。
この製造過程の誠実さこそが、木札に霊的な力を宿すための揺るぎない土台となると信じているからだ。
依代の物理的な完成度が、後に宿る霊力の安定性を決めると考えている。
3.非物質的な価値(祈りと霊性の注入)
職人の手を離れた木札が、次に進むステージ。
それが、神主・僧侶の方々の世界。
彼らの仕事は、最高の器に魂を吹き込むこと。
つまり、非物質的な力(霊性)を注入することだ。
私は仕事柄、神主や僧侶の先生方と交流することが非常に多い環境で育った。
先生方はそれぞれいろいろな性格の方がいらっしゃるが、
人を導く話には感動することが多く、小さいころから身近にその世界があった私は、たぶん先生方の話によって出来上がったと言ってもいいだろう。
例えば、修験の先生方が経験されている大変な修行のお話を聞くと、まるでRPGの「超難関クエスト」をこなしているようで、ワクワクした気持ちになったものだ。
そんな先生方の中には、非常に不思議な力を持っている方もいらっしゃる。「もしかして私の心が読めるのか?」
「なぜ、そんなこと知ってるの?」
「その力、何かトリックがあるの?」と疑ってしまうことも。
彼らが持つ、知識や技術を超えた人間力、精神力、そして霊性こそが、木札に注入される非物質的な価値の源泉だ。
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