History of Rikison 第ニ部 二章

★History of Rikison B2+
Buffalo SpringfieldからBroken Arrow、そして“リキ音楽院”へ
CSN&Yの名盤『4 Way Street』。アコースティックとエレクトリックを自在に行き来しながら、4人の個性が火花を散らす。イギリス出身のグラハム・ナッシュ、アメリカ人のスティーヴン・スティルスとデヴィッド・クロスビー、そしてカナダから来たニール・ヤング。多国籍なこのグループのステージは、ミスさえも笑ってジョークに変える余裕があって、まるで宝石箱のようなアルバムだった。
そこからさかのぼるように、名盤『デジャヴ』、CS&N、そしてルーツのバッファロー・スプリングフィールドやポコへと僕の耳は旅をした。
毎週、Kネコアラタと2人でギターを弾いていた流れで、「バンドやろう!」となり、『Buffalo Springfield Again』の中からBroken Arrowをバンド名に拝借。レパートリーは「Teach Your Children」「Ohio」「Southern Man」など。Kネコアラタがリードギターで、ソロはもちろんアドリブ。僕はグラハム・ナッシュ推しで、Kは当時スティーヴン・スティルスやデヴィッド・クロスビーのコード感に惹かれていた。服装もスティーヴン風のシャツでキメてたな。
クラスにはニール・ヤング好きのYグチくんもいて、ハーモニカを手に入れ「孤独の旅路」をやってたっけ。
そんなある日、Kネコアラタと一緒にガロのライブを観に行った。曲は「青い目のジュディ」。感動で胸がいっぱいになっている僕がふと見上げるとKはなぜかガロのメンバーたちとワイワイ話し込んでる。気の小さい僕は、ただただびっくり。
ちなみにこのライブは、晴海で行われたちょっとした“和製ウッドストック”的ロックフェス。出演者も豪華で、とりとめもなく多彩。ハッピーエンド、1910フルーツガム・カンパニー、ダニエル・ビダル、ビリーバンバン、そして藤圭子まで一堂に会していた。
当時、フォークブームの影響もあって、クラスのほとんどがフォークギターを持っていた。せっかくだからと声をかけ、10人以上のクラスメートが僕の家に集まり、みんなでアコギをかき鳴らした。ギターのないやつは、コーラの空き缶を叩いて参加(笑)。
このゆるくも楽しい集まりを僕は**“リキ音楽院”**と命名。自称“院長”として、今と変わらず、音楽で人を巻き込んでいた。Kネコアラタは、ここでも唯一無二のリードギターとして君臨。すでに当時からアドリブで自由に弾きこなしていたのが印象的だった。

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