2-1: 「傷ついたわたし」が作る幻想〜エゴとは「わたしを守ってきた存在」
「どうしてこんな現実を創ってしまうのだろう?」
「こんなに頑張っていても、なぜ上手くいかないの?」
そんな風に感じることはありませんか?
その時、わたしたちはよく「自分の思考や感情に問題があるのでは?」と原因を探そうとします。でも実は、もっと深いところ〜『無意識の前提』に気づくことが、現実を変えていく第一歩になるのです。
そしてその前提には、多くは「小さな私」の声、つまりエゴが関わっています。
この第2章では、そのエゴがどこから来て、なぜ幻想を創り出すのかを見ていきます。
小さな私の「痛み」が、世界の見え方を決める
わたしたちは、現実を「あるがまま」に見ているようで、実際には「自分の心のフィルター」を通して、世界を見ています。
そのフィルターを形づくるのが、過去の経験や、そこで生まれた感情の記憶。
特に「痛み」の体験。たとえば、拒絶された、わかってもらえなかった、傷つけられた、といった記憶は、私たちの中に強く刻まれます。
そして無意識のうちに、こうつぶやいてしまうのです。
「また、あんな思いをしたらどうしよう」
「傷つかないように、○○しておかなくちゃ」
そうして、心のどこかで「守りの姿勢」を取り続けるようになります。
この「傷つかないようにと選んだ生き方」が、「小さな私」、つまりエゴです。
エゴは敵でなく「守ってくれていた存在」
エゴと聞くと、「手放さなければいけないもの」「スピリチュアルな目覚めを妨げる存在」として語られることもあります。
でも、私はそうは思いません。
エゴは、あなたの中の「過去に傷ついた私」が、もう同じ痛みを感じなくて済むように、必死で守ってくれていた存在なのです。
ちゃんとできないと認めてもらえないと思って、「がんばり続ける」ことを選んだ私
拒絶されるのが怖くて、「いい子」を演じ続けた私
もう傷つきたくなくて、「自分は平気だ」と感情を閉ざした私
これらは、すべてあなたが生き抜くために選んだ、かけがえのない「最善の形」でした。
つまりエゴは、あなたにとっての「真実」でもあったのです。
幻想とは、“本当のわたし”から離れた視点
スピリチュアルな観点では、私たちは本来「愛であり、意識そのもの」である存在です。
でも、エゴの視点から世界を見るとき、私たちは「恐れ」や「不足」「防衛」から現実を捉えてしまいます。
たとえば。
愛されるには条件が必要だと思い込む
世界は危険で、自分は弱い存在だと感じる
他人の評価を気にしなければ生きていけない
これらは、“本当のわたし”からズレた現実の見方です。
こうしたズレが「幻想」を生み出していきます。
幻想とは、「真実ではないもの」ではなく、「恐れから生まれたレンズ」を通して見ている世界のこと。
その幻想を生んでいるのが、わたしたちの中の“傷ついたわたし”なのです。
癒しと統合は、「否定」ではなく「理解」から始まる
だからこそ。癒しと統合のプロセスで一番大切なのは、エゴを責めたり、排除したりしないことです。
「そんな考え方はもうやめよう」
「これはエゴだから手放さなきゃ」
そんなふうに急いで「正しさ」で塗りつぶすと、かえってその声は強くなります。
むしろ必要なのは、「それを選ばざるを得なかった自分」に優しく寄り添うこと。
「そうだよね、あのとき、すごく傷ついていたんだよね」
「だからこそ、そうするしかなかったんだよね」
そう語りかけたとき、あなたの中のエゴは、初めてその役割を手放せるのです。
あなたの中に、どんな「守ってくれていた存在」がありますか?
あなたが今までの人生で「私はこうでなければ」と思い続けてきた“在り方”は、何ですか?
それは、本当にあなたが望んでいた生き方だったでしょうか?
それとも、傷つかないようにするために選んできた「生きるための形」だったでしょうか?
そして今、その存在に、どんな言葉をかけてあげたいでしょうか?
次回(2-2)では、そんな「傷ついたわたし」の視点に優しく寄り添ったその先。
「そもそも、私って誰?」
「“私”って、本当に存在してるの?」
という問いを通じて、アイデンティティそのものを見つめていきます。
「小さな私」を癒したその先に、もっと静かで自由な、「本当のわたし」としての在り方が、きっと見えてくるはずです。
それでは、また。
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