第22話:その胸やけ、“効く薬”の前に“効く質問”
レジ横の相談カウンターに、スーツ姿の男性が来た。
片手にはコンビニ袋。もう片方の手で、みぞおちあたりをさすっている。
男性客「すみません……胸やけが続いてて。胃薬飲んでるんですけど、効かなくて」
ソウタは反射で「こちらへどうぞ」と言いかけて、言葉を飲み込んだ。
(まだ資格がない。ここは“つなぐ”が正解だ)
ソウタ「承知しました。登録販売者が対応しますので、少々お待ちください」
すぐにくすりちゃんが出てくる。
いつも通りの明るい声なのに、目だけはちゃんと“仕事モード”に切り替わっていた。
くすりちゃん「お待たせしました。胸やけ、つらいですよね。
まず状況を整理したいので、いくつかだけ確認させてください」
男性客「はい……」
くすりちゃん「胸が焼ける感じですか? それとも、胃が重い感じですか?」
男性客「焼ける感じ。特に夜がきついです」
くすりちゃん「ありがとうございます。いつ頃から続いてますか?」
男性客「1か月くらいです」
“1か月”。
ソウタはメモ帳に小さく丸をつけた。
(長い。ここは大事なサインかも)
くすりちゃん「今使っている胃薬は、どんなタイプですか?
名前が分からなければ、錠剤か粉か、買った場所でも大丈夫です」
男性客「コンビニで買ったやつで……錠剤です。
仕事が遅いんで、帰って空腹のときに飲むことが多いです」
横で、しずくちゃんが腕を組んだまま、ほんの少しだけ頷いた。
“追加で聞くならここ”の合図。
しずくちゃん「食事の時間、遅い日が多いですか?
それと、コーヒーやお酒は増えてます?」
男性客「夜遅いです。コーヒーは増えました。お酒はたまに」
くすりちゃん「ありがとうございます。
“夜に強い胸やけ”で、“空腹で飲んでいる”んですね」
男性客「それ、関係あるんですか?」
くすりちゃんは、売り場の棚を一段見上げるみたいに、言葉を選んだ。
くすりちゃん「あります。胃薬って“ひとことで胃薬”に見えて、実は役割がいくつかあって。
合ってないと“効かない”って感じやすいんです。
それに、生活の影響が強いと、薬だけで追いつかないこともあります」
男性客「……なるほど」
くすりちゃん「まずは“今つらい胸やけを和らげる”方向で整えつつ、
・夜遅い食事は量を少なめ
・食後すぐ横にならない
・コーヒーを少し控える
ここをセットで試してみませんか?」
男性客「それならできそうです」
しずくちゃんが、声のトーンを落として、でもやわらかく付け足す。
しずくちゃん「念のため、確認だけさせてくださいね。
黒っぽい便、吐いたものに血、強い痛み、吐いて水分がとれない、悪化していく……このあたりはありませんか?」
男性客「それはないです」
しずくちゃん「よかったです。
ただ、1か月続いているので、改善しない・悪化するなら受診も選択肢にしてください。
市販薬で我慢し続けなくて大丈夫ですよ」
男性客「わかりました。ありがとうございます」
男性が売り場へ向かう背中を見送りながら、ソウタは胸のあたりが少し熱くなった。
“薬を出す”より、“安全に切り替える”の言葉が、いちばん刺さった。
■ 相談後:新人のメモは「質問」から始まる
会計が終わって男性が帰ると、ソウタはメモ帳に太字で書いた。
「“効かない”=薬を強く、じゃない」
ソウタ「……ぼく、効かないって言われたら、すぐ“別の薬”って考えちゃうかもです」
くすりちゃん「分かる〜。おすすめしたい気持ちが先にゴールしちゃうやつ」
しずくちゃん「おすすめしたい気持ちは分かるよ。
だからこそ、先に“聞く”。順番だけ守ろう」
くすりちゃん「はい、しずくちゃん先生!」
しずくちゃん「先生じゃないよ。…でも一緒に確認しよ」
くすりちゃん「えへへ」
■ しずくの一言:役割で整理して、最後に成分で確認
バックヤードのホワイトボードには、昨日の言葉がまだ残っていた。
大きく、分かりやすい字で。
「効く薬より先に、効く質問」
くすりちゃん「え、これ私の名言みたいになってる」
しずくちゃん「ふふ。今日は、みんなの合言葉ってことで」
しずくちゃんは、ホワイトボードの右側に“役割”だけを並べる。
そして、例は控えめに、小さく添えた。
しずくちゃん「“何を・どれくらい・いつから”。
そのあとに、役割で整理して、最後に成分で確認。これがブレない順番」
① いま楽にする(制酸)
例:炭酸水素ナトリウム/乾燥水酸化アルミニウムゲル(解熱鎮痛薬に入ってる場合がある)/水酸化マグネシウム など
② 守る(粘膜保護)
例:アルジオキサ(配合された一般用がある)
③ 消化を助ける(消化酵素)
例:タカヂアスターゼN1/リパーゼAP12 など
④ 胃酸を出しにくくする(酸分泌抑制)【補足】
※一般用では第一類が関わることがある=薬剤師対応になる例あり
リラ「役割→成分って順番、暗記が“店内の動き”になりますね」
ソウタ「ぼく、胃薬って全部同じだと思ってました……」
しずくちゃん「最初はみんなそう。だから“役割で分ける”。それだけで迷いにくくなるよ」
くすりちゃん「“胃薬ガチャ”から卒業だね〜」
しずくちゃん「言い方はさておき…卒業はいいね。うん」
■ ロールプレイ:効かないの正体を“質問で”ほどく
しずくちゃん「じゃあ、ロールプレイ。
販売者役はくすりちゃん。お客さん役は私。新人は聞き取りだけでいいよ」
ソウタ「はい!」
リラ「(メモ準備)」
しずくちゃん(客役)「すみません。胸やけが続いてて……胃薬飲んでるんですけど、効かなくて」
くすりちゃん(販売者役)「胸やけ、つらいですよね。
まず確認です。いつ頃から続いてますか?」
しずくちゃん「1か月です」
くすりちゃん「今使ってる胃薬は、どんなタイプですか?名前が分からなければ、買った場所とかでも」
しずくちゃん「コンビニの錠剤くらい?帰って空腹のときに飲みます」
くすりちゃん「なるほど……。食事の時間は遅いですか?コーヒーとか増えてます?」
ソウタが小さく目を見開く。
さっきの本番接客と同じ質問が、ロールプレイでも自然に出てきた。
しずくちゃん「遅いです。コーヒーは前より飲む量は増えたかも」
くすりちゃん「ありがとうございます。
今つらい胸やけを和らげる方向で選びつつ、生活の工夫もセットでいきましょう。
夜遅い食事は量を少なめ、食後すぐ横にならない、コーヒー控えめ」
しずくちゃん「うん、いいね。質問で状況が見えてきてる。
今の流れなら、お客さんも安心すると思う」
くすりちゃん「えへへ。しずくちゃんの横で覚えたからね」
しずくちゃん「ふふ、いいけど…本番でもその調子で“質問”忘れないでね」
くすりちゃん「はいっ」
■ 新人の復習タイム:しずくちゃんの「質問フレーズ帳」
ロールプレイが終わると、ソウタとリラはメモ帳を抱えて、同時に顔を上げた。
ソウタ「……質問、頭では分かってたつもりなんですけど。
いざ言葉にすると、急に“何から聞けばいいんだっけ”ってなります」
リラ「私もです。聞きたいことは多いのに、順番が崩れると一気に迷子になりますね……」
くすりちゃん「分かる〜。私も新人の頃、質問しようとして“えっと…”って固まってたもん」
しずくちゃんは、ホワイトボードの端に小さく「入口」を書いた。
しずくちゃん「迷ったら、入口はこれでいいよ。短くて、相手が答えやすい」
① まず最初の“入口フレーズ”
しずくちゃん「胸やけ、つらいですよね。状況を整理したいので、短く3つだけ確認していいですか?」
ソウタ「“3つだけ”って言うと、相手も構えにくいですね」
しずくちゃん「うん。確認の目的を先に言うと、安心してもらえる」
② 3点セット(何を・どれくらい・いつから)
しずくちゃん「この順番。覚えちゃうと強い」
何を使ってますか?(名前が分からなければ、買った場所や剤形でもOKです)
どれくらい使ってますか?(毎日?回数は?増やしてませんか?)
いつから続いてますか?
リラ「“増やしてませんか”を入れるの、自然ですね。効かない時に増えがちですし」
くすりちゃん「そうそう。“効かない=増やす”って、気持ちは分かるけど危ない時あるからね」
しずくちゃん「責めない言い方で確認するのが大事。
“効かない=強く”じゃなくて、“効かない=状況確認”」

③ “効かない”の正体が出る2点(いつ飲む・何と一緒)
しずくちゃん「次はここ。今日の男性みたいに、ここで答えが出ること多い」
いつ飲んでますか?(食後?就寝前?空腹?)
何と一緒に変わりましたか?(食事時間、コーヒー、お酒、寝不足、他の薬)
ソウタ「“何と一緒に変わりましたか”って言い方、いいですね。生活を責めない感じ」
しずくちゃん「うん。原因探しじゃなくて、“状況の把握”だから」
④ 売り場につなぐ“やさしい言い方”
しずくちゃんは、売り場へ案内する時のフレーズを2つ、書いた。
「胃薬って、役割がいくつかあるので、合いそうな方向で整理してみますね」
「薬だけじゃなくて、生活の工夫もセットでやると楽になる人が多いです」
くすりちゃん「“役割がいくつか”って言うと、急に“ちゃんと見てくれてる感”出るよね」
リラ「説明が長くならないのもいいです」
⑤ 受診ラインの“短い言い切り”(脅さない)
しずくちゃん「最後にこれ。言いにくいけど、言えた人が強い」
「黒い便や吐いたものに血があるときは、市販薬で様子を見ないで受診を優先してください」
「吐いて水分がとれない、悪化していくときも、早めに相談が安全です」
ソウタ「……“売らない”って、勇気いります」
しずくちゃん「うん。だから“言い切り”を練習しておく」
チーフが、背中越しに短く言った。
チーフ「迷ったら、抱えない。相談する」
リラ「……昨日のホワイトボード、ここに繋がるんですね」
⑥ くすりちゃんの覚え方(ゆるいけど残る)
くすりちゃん「私はね、こう覚えてる!
“なに・どれ・いつ” → “いつ飲む・なにと一緒”。
これだけで、半分勝ち!」
しずくちゃん「ふふ。意外と正しい」
くすりちゃん「えへへ」
ソウタはメモ帳に大きく丸を描いた。
今日の研修で一番の収穫は、“薬の名前”より“質問の順番”だった。
■ チーフのひと言:受診ラインは“言い切る”
そのとき、バックヤードの扉が開いた。
ホワイトボードの前に立ったチーフは、文字を一度見ただけで言った。
チーフ「“我慢できます”は判断材料にならない。サインで決める」
リラ「サイン……」
チーフ「黒い便、強い痛み、吐いて水分がとれない、悪化していく。
こういうのは市販薬で抱えない。受診に切り替える」
ソウタは、反射的にメモ帳に書く。
“売るより、止める”のほうが難しい。だからこそ、そこが一番大事。
ソウタ「……売らないのも、接客なんですね」
チーフ「そうだ。資格を取ったあとも、そこがいちばん効く」
くすりちゃん「効くのは、薬だけじゃないってことですね」
しずくちゃん「うん、それ大事。…私も同感」
くすりちゃん「えへへ」
■ 今日のまとめ(リラのメモ)
“効かない”=薬の強さ不足とは限らない
まず聞く:何を/どれくらい/いつから
次に:いつ飲む?/何と一緒?(生活・併用)
黒い便/強い痛み/吐いて水分とれない/悪化 → 市販薬で抱えず受診へ
つづく。
※このお話はフィクションです。実際に症状が続く場合や強い症状がある場合は、自己判断で市販薬だけに頼らず、医療機関等へご相談ください。
【有料おまけ】リラの裏メモ:胸やけ・胃もたれ「効かない」相談の整理術
(本編とは無関係です)
合言葉:“効く薬”より先に“効く質問”
迷ったら、質問 → 役割 → 成分例 → 注意点 の順で確認。
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