7月29日|百人宝船
「えっ、社長、今日もカップヌードルですか?」
「……ああ」
「しかもまたカレー味」
「好きなんだよ、カレー味」
「だからって、福神漬まで持ってきて」
「カレーには福神漬だろ」
そう答えた社長だが、その声にはどこか元気がない。
「もしかして、うちの会社、ヤバいんですか」
「まあ、ちょっとな。何か新商品で当てないと」
そう言って社長は、カップヌードルの四角い謎肉を口へ運ぶ。それから福神漬を箸でつまんだ。
「あ、これはどうかな」
「なんですか?」
「七福神っているだろ」
「宝船の?」
「そう。よく考えたら、縁起物なんだから、七人に限定することないんじゃないか」
「じゃあ何人に?」
「百人。百人の神様を乗せた宝船をキャラクター化して、ぬいぐるみ、文具、ゲーム、アニメ……いろんな商品で売り出すんだ」
「社長……」
「だ、だめかな?」
「それ、絶対いけます!早速、開発会議にかけましょう!」
数週間後。
社の総力を挙げ、『百人宝船』はぬいぐるみ、フィギュア、カードゲーム、キーホルダーなど、あらゆる分野で商品化された。
そして、そのまた数週間後――。
「社長、またカレー味ですか」
「お前も普通味じゃなくて、たまには他の食えよ」
ふたり並んでカップヌードルをすする。
「何がダメだったんですかね」
「うーむ……」
社長は、机の隅に置かれた『百人宝船ぬいぐるみセット』を見つめた。
「さすがに百人は多すぎたか」
「かもしれませんね。途中から誰が誰だかわからないですもん」
「えっ、わかんないの?開発部長なのに?」
「そんなこと言ったら、社長だって確認してGOサイン出したじゃないですか」
「いや、君を信頼してだね……。うーむ。じゃあ例えばこれは?」
社長は、リンゴを持った女性のぬいぐるみを手に取る。
「エリスですね。ギリシア神話です」
「どんな神様?」
「黄金のリンゴを投げて大騒動を起こした張本人です」
「まずいじゃん」
「こっちは?」
「アポフィス。世界を闇に沈めようとする大蛇です」
「ダメじゃん」
「じゃあ、これ」
「モロス。破滅を司る神です」
「絶対ダメじゃん」
ふたりは棚いっぱいに並んだ百人の神々を見渡した。
「あれ?あの神様、服を着てないな」
開発部長がタグを確認する。
「……貧乏神です」
社長は静かにカップヌードルのスープを飲み干した。
「だから、売れなかったんだよ!」
ふと、社長はカップの底に残った謎肉を箸でつまみ上げる。
「こいつは、正体不明のまま愛されてるんだけどな」

【あとがき】
7月29日は「七福神の日」「福神漬の日」です。
「しちふく」の語呂合わせから制定された記念日で、福神漬は7種類の野菜を使っていることから、その名前が付いたと言われています。
また、この日は「謎肉の日」でもあります。
カップヌードルの具材「謎肉」の正式名称は味付豚ミンチ。豚肉や大豆たん白などを混ぜて作られた具材ですが、今では「謎肉」という愛称のほうが広く親しまれています。
ところで、七福神は「宝船に七柱が乗る姿」が定番ですが、実は最初からそういう神話があったわけではありません。
恵比寿・大黒天・毘沙門天・弁財天・福禄寿・寿老人・布袋尊という、それぞれ由来の異なる神々が、「福を呼ぶ七柱」として日本でまとめられ、やがて宝船に乗る姿が縁起物として定着しました。
では、八人なら?二十人なら?
おそらく成立しなかったでしょう。
数が増えれば御利益も増えそうですが、人は一目で覚えられず、「福を運ぶ」という印象もぼやけてしまいます。
「七福神」は、七柱だからこそ覚えやすく、親しみやすく、縁起物として完成されたのかもしれません。
だから百人に増やしても、福は百倍にはならない。むしろ、誰が福の神なのかわからなくなってしまう。
もしかすると、「七」という数字は、人間の記憶や感覚にちょうど収まる、絶妙な人数だったのかもしれませんね。
🎧 Prokofiev: Symphony No. 1 in D Major, Op. 25 "Classical": I. Allegro
