夜叉姫の独り言 サブについてお話します
画像はネットからの拾い画像です。茶室ですね。✨🌈
私の独り言で、一番よく出てくるのはサブですね!絶倫、反り男、
ナンパ野郎!なのですが、仕事は真面目な大工さんです。サブは
バイク好きのお父さんの影響もあったと思うのですが、バイク好きでした。バイクが欲しいがために、大工修行をしたと言っておりました。16歳で、数寄屋建築で有名な 上野富三工務店 にお父さんが、出入りしていたこともあり、
上野富三工務店で、大工修行をする事になります。
柴屋町の純子ママと共に行った料亭の御主人も知られていた工務店でした。サブ曰く、昭和天皇陛下がお泊りになった、琵琶湖畔のHOTELレイクビワの茶室を親父達と共に仕事して、労いで、恩賜の煙草を親父から一本もらった!と言っておりました。因みに銘柄はチェリーだったそうです。菊の御紋が1本ずつ入っていたとも言っておりました。サブはどんな味、吸い心地なのかを知りたくて、
すぐ吸った。ケ?が抜けたような味で!美味しくなかった!
お母さんには、吸うたんかいな!勿体ないと怒られたそうです。
お父さんに、中3の時に大工になったら、好きなバイク買ったるで!と言われ、バイクが趣味、生き甲斐のようになったサブ。17歳の時に、醍醐のバロンという喫茶店で偶然会いました。2台目のオートバイ、Z2に乗っておりました。私も兄貴のお下がりですが、乗っていましたよ!私は猛虎連合という暴走族でした。兄貴が総長でした。兄貴がサブをチームに誘ったのですが、サブはハッキリと断ります。大工修行の身、であり、正統派のライダーでした。それからサブとは3年後、20歳まで会いませんでした。サブのバイク遍歴は凄いです。Z2から、イタリア🇮🇹車のドゥカティ単気筒、L型ツインベベルの900SS、ドイツ車
BMWR60-6、モトグッチ.ル・マン
Ⅱ 850、 大陸製サイドカー、KawasakiKZ750T、ハーレー・ダビッドソン、FLH80クラッシック
極めつけが、 ビモータDB1-R
ビモータのドゥカティエンジン
Racingマシンでした

サブは鈴鹿のスポーツ走行ライセンス、中山サーキットのスポーツ走行ライセンスを持っておりました。私もスポーツ走行出来るように、ライセンスを取って、YOSHIMURAチューンしたSUZUKI GSX750Rでサーキットスポーツ走行を楽しみました。サブと走ったのですが、ミニバイクレースと違い、離される一方でした。サブは
モリワキのHONDA CB125JXレーサーを所有して、鈴鹿を結構走ったようです。私とは年季が違います。ビモータのRacingマシン
DB1-Rは友人の太郎さんに、アメリカまで探しに行ってもらったそうです。お兄さんは車屋さんで、私もアルファでお世話になりました。ビモータは日本では、簡単に登録できなかったので、RACE専用車です。安いキャラバンを買って、サーキット迄運んでいましたね。全部、ひっくるめたら、500位かかったと言ってました。高!
私も、ミニバイクレースをする前にオフロードレースをしたくて、モトクロッサーも買いましたよ!
サブはガラガラヘビ?サイドワンダーを所有しておりました。サブはオタクでしたね。輸出専用車でした。これも太郎さんに、個人輸入してもらったそうです。ナンバーも取れたそうでした。オートバイの話をすると、止まらなく成りそうなので、この辺にしときますね。✨🌈😊
