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【食の記憶】51歳、オムライスを食べて流した涙。それは、40年前の「僕」へのタイムスリップだった。

ハンバーグ、カレー、唐揚げ、オムライス。

「好きな食べ物はなんですか?」と聞かれた時、私の頭に浮かぶのは、いつも決まってこのラインナップだ。

まもなく51歳を迎えようとする、いわゆる「いい年」のおじさんなのだが、いまだに心の中には「お子様ランチ」を愛する少年が住み着いている。とはいえ、これらをいつも食べているわけではない。むしろ年齢とともに、食べる機会はどんどん減っているのが現実だ。それでも、「本当に好きなものは?」と自分に問いかけると、やっぱりこの答えに辿り着いてしまう。

今日はその中から、先日体験した「オムライス」にまつわる不思議な出来事について書いてみたい。

■ 「昭和」という名の、唯一無二の味

オムライスと一口に言っても、今はさまざまなスタイルがある。

ふわっとろっとした卵に包まれた、デミグラスソースが似合うおしゃれな「今時のオムライス」。

それに対して、薄焼き卵にチキンライスが包まれ、トマトケチャップが添えられた「昭和のオムライス(私が昭和生まれのため、勝手に「昭和のオムライス」と言っている)」。

どちらもと〜っても魅力的なのだが、私の魂が求めてやまないのは、断然、「昭和」だ。

以前、職場の先輩から、手作りのオムライスをお弁当としていただく機会があった。先輩のご両親は数年前まで、和洋中なんでもある人気の飲食店を長年営んでいたプロフェッショナル。一昨年、そのお父様がお昼時に合わせて届けてくださったのが、その一皿だった。

蓋を開けると、そこには理想的な「昭和のオムライス」が鎮座していた。

ひとくち食べると、心の中で「やっぱり!!」と叫びたくなった。想像した通りの、いや、想像を超えた懐かしい味。思わず、「美味しい」と独り言を呟いた。

そのまま食べ進めていると、突然、目から熱いものが溢れ出した。

まさか、オムライスを食べて涙を流す自分がいるなんて。予想だにしない反応に、自分自身が一番驚いていた。

■ 涙の理由、そして「長期記憶」の蓋が開いた瞬間

長期記憶の蓋が開いた瞬間(イメージ図)

あの涙には、少なくとも二つの理由があったように思う。

一つは、そのオムライスが、「滋味あふれる優しい味であり、ご飯粒のひとつぶひとつぶにまで、作り手の愛情というか、何か底知れない慈愛のようなものが詰まっている」と感じたこと。

そして二つ目が、今回の中心的な体験なのだが、その味が私の「長期記憶」の奥深くに眠っていた40年前の光景を、猛烈な勢いで引きずり出したことにある。

私の実家は、紫陽花で有名な「保和苑」という公園のすぐそばにあった。

小学生の頃、私は毎日のようにそこへ出かけていた。遊具で遊び、広場でかけっこをし、溜池でザリガニを釣り、夏にはクワガタやカブトムシを追う。私の幼少期の多くの時間は「保和苑」という景色の中にあった。

その入り口に、「福来」という昔ながらの食堂があった。

出前を頼むと、店主の「ケンちゃん」がスーパーカブに乗って、ガシャガシャと音を立てながら自宅まで届けてくれた。私はその到着を、首を長くして、今か今かと待ち構えていたものだ。

一口のオムライスが、私の脳内で鍵になった。

ケチャップの酸味、バターの香り、卵の質感。それらが五感を刺激した瞬間、普段はアクセスすることのない脳の深いアーカイブの蓋が、突如として跳ね上がったのだ。

カブのエンジン音。
実家の茶の間の匂い。
当時、祖父、祖母、両親、兄姉と私の「8人」で暮らしていた頃の、賑やかで、少し騒々しい空気感。

それは単なる「思い出」ではなく、当時の温度や湿度、周囲のざわめきまでを伴った、生々しい「長期記憶の奔流」だった。

かつての風景や家族の笑顔が、走馬灯のように、凄まじい密度で目の前を通り過ぎていく。40年の歳月を一瞬で無効化するようなその懐かしさに、私の心は耐えきれず、涙となって溢れ出したのだと思う。

■ 「昭和のオムライスに」そしてその作り手たちに、あらためて「感謝」を

かつて、小学校の頃は「普通盛り」、高学年で「大盛」、中高生になると「超大盛」。

成長とともに増えていった私のわがままな注文に、どんな時でも二つ返事で応えてくれた「ケンちゃん」。

今更ながら、あの頃の自分を支えてくれたあの味と、それを作ってくれた人たちに、深い感謝の念が湧いてくる。

現在、こうした町の食堂は姿を消しつつあり、寂しさを感じることもある。

けれど、一皿のオムライスが教えてくれた。たとえ店がなくなっても、その味の記憶は、私の「長期記憶」の中で、いつまでも光を失わずに生き続けているのだと。

この素晴らしい体験を届けてくださった先輩のお父様に、そして人生を肯定してくれるような「昭和のオムライス」に。

心から「ありがとう、そしてご馳走様でした」と伝えたい。


この記事、だれか読んでくれるのかな・・・。まあいいか、自分の貴重な体験として残しておくことも大事だからな。


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