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目的と手段【私がクラブへ行くのを辞めた訳】

時間ができたので平日のクラブへ行こうと電車に乗った。向かったのはちょうど1週間前にド◯◯女と即したのと同じ場所であった。


「人の意識は習慣に囚われているので過去と同じ行動を繰り返す」


という私の考察が正しいかどうかを確かめたかった。また即ができれば説は立証。これでコンスタントに進めば大丈夫、と思いつつ、はて、私は一体何のためにこんなことをやっているのかと分からなくなってしまっていた。電車を降りてから、やはり行こうかと再び電車に乗って、クラブへ行こうか帰ろうか、いやわざわざヒゲもあたってしまったし、改札にも入ってしまったんだからやはり行こう、と色々と頭の中で考えているうちに、私の頭にフッとある考えが落っこちて来たのである


ナンパできる女では【意味がないのだ】


私は運命の相手となる人を見つけるための女修行の一環としてこの活動を続けていた。つまり、女心というものを理解するためである。女心を理解して、理想の結婚生活を営むためであった。だが人の心を理解するとはその相手と、つまり、【他に代替の効かない、たった一人の個人と】本気で向き合うということ以外にないのではないだろうか?即の数でもなく、打診の数でもなく、純粋な一対一の対話によって、相手の心を理解するのではないだろうか?ヒューマニズム。私は私自身の心の目を開かなくてはいけないんじゃないだろうか。誰に対して?私は心の目を開ける相手を見つけなくてはいけない。その相手を見つけるためにも様々な種類の女性と交際をする必要があるのではないだろうか?苦しい、女修行は大変だ。私はこんなことやりたくもない。早く生涯の伴侶となるべく相手に出会いたい。なぜ叶わない?なぜ私の前には私を好かない女ばかり現れるのだろう。


最良の相手が見つかるのが次の一人かも知れないし、100人後かも1000人後かも知れない。めげずに続けなくてはならない。これは人生を自分のもとに取り返すための実験だ


彼女に気持ちを伝えよう。それが今の私にとっての女修行の最適解であると思える。R子の払拭はすでに終わっていることが理解できた。もう次の相手が現れたのである。


私はここに決める。美術館デートの彼女にもう一度デートの打診をする。打診をして、必ず抱く。告白が後になるか先になるか、それは分からない。しかし、彼女に対する思いを伝えなくてはならない。それは私の人生のチャプターを進めるためにも確実に必要なことなのだ。


そして、今日はもう帰ろうと繁華街へ向かう人波に踵を返して地元へと戻る私の前にまた新たなストーリーが巻き起こるのであった


40まで残り3112日

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