もなかの今日も異常なし!192「朝の光は、静かな背中を照らしていた」
今日も晴れだ。
窓から差し込む光は、もう春の終わりではなく、少しだけ夏の気配を混ぜはじめている。
朝早くから、鳥たちの声が遠くで揺れていた。
カーテンの隙間から伸びる白い光が床を細く照らし、その上を私は静かに歩く。
・・・カツ。
・・・カツ。
フローリングに爪の音が響く。
まだ誰も大きな声を出していない時間。
空気だけが先に起きているような、そんな朝だった。
小町先輩は窓辺にいた。
陽だまりの中で目を細め、まるで昔からそこに置かれていた置物みたいに動かない。
私はその横に座る。
外の風は穏やかだ。
ベランダの葉っぱが小さく揺れるたび、光まで揺れて見える。
その向こうで、雅先輩がゆっくり歩いてきた。
・・・カツ。
・・・カツ。
背筋を伸ばしたまま歩く音。
静かなのに、不思議と存在感がある。
雅先輩は私たちの少し後ろで止まり、何も言わず外を見ていた。
でも、その距離感が雅先輩らしい。
近すぎない。
遠すぎもしない。
私はその空気が嫌いではない。
しばらくすると、パパさんが起きてきた。
眠そうな顔で水を飲み、窓を開ける。
その瞬間、朝の風が部屋いっぱいに流れ込んできた。
草の匂い。
土の匂い。
少しだけ温まり始めた外の空気。
私は思わず目を細める。
ママさんはキッチンに立っていた。
食器の触れ合う小さな音。
お湯の沸く音。
包丁の軽いリズム。
その全部が、今日という日をゆっくり形にしていく。
ねーちゃんはまだ少し眠そうで、髪をぼさぼさにしながら歩いてきた。
にーちゃんはそんな姿を見て笑っている。
私はその真ん中を通り抜ける。
誰かが笑う。
誰かが動く。
誰かが何気なく名前を呼ぶ。
そのたびに、部屋の空気は少しずつ柔らかくなる。
今日も特別なことは起きていない。
でも――。
光の当たり方とか。
風の温度とか。
床に落ちる影の形とか。
そういう小さなものが、今日は妙に胸に残る。
昼になるころには、陽射しはさらに強くなっていた。
窓辺は白く眩しく、空はどこまでも青い。
私は床に寝転びながら、その光をぼんやり見ていた。
遠くで洗濯物が揺れている。
風が吹くたび、布の擦れる音がかすかに聞こえる。
静かだ。
だけど、その静けさは空っぽじゃない。
誰かがいる静けさ。
暮らしがちゃんと息をしている静けさだ。
私はゆっくり目を閉じる。
今日も、世界は穏やかだった。
小町先輩も。
雅先輩も。
パパさんも、ママさんも。
ねーちゃんも、にーちゃんも。
みんな、それぞれの場所で普通に過ごしている。
その「普通」が、なんだか少しだけ眩しい。
窓から吹き込む風が、ひげを揺らした。
私は小さく喉を鳴らす。
・・・たぶん今日も、異常なし。
