【カタシロ感想】V素人が知人に勧められたカタシロ(PL:ルンルン)の感想を徒然なるままに書く
!本記事はTRPGシナリオのネタバレを含みます!
これは「カタシロ(TRPG)」をVTuberのルンルン(一人称:ちょま)が遊ぶリプレイを知人に勧められた筆者が、「ちゃんと見ましたよ~」と表明するための感想文です(誰得?)
細かいシナリオの解説まではしません。
「カタシロ」もVTuberも良く知らない人間がどんな感想を持つのか、という事を覗いてみたい人には辛うじて読む価値があるのかもしれません(ほんとに誰得?)
全体の感想
筆者にとってTRPGは、中学時代に同級生と遊んだ事が1回だけある、程度のもので、YouTubeでのリプレイ自体初めて視聴しました。シナリオとは直接関係ありませんが、提示される視覚的情報を口頭で説明する必要がない事や、ダイスロールの処理の簡便さなど、デジタルとアナログの良いとこ取りで良いな~という感想を抱きました。
筆者が中学生当時遊んだ懐かしのルールブック。
GK(筆者)の進行の元、屁理屈をこねまくるマンチキンと戦闘狂が大暴れしてシナリオが破綻し、リアルバトルとなりかけた思い出がある。
「カタシロ」のシナリオ自体は「囚人のジレンマ」「テセウスの船」「臓器くじ」といった有名な思考実験を採用したもので、正にその思考実験に近い状況に置かれたプレイヤーが3日間でどのように考え、振る舞うのかといったやり取りを楽しむものでしたね。長すぎず短すぎず、面白いシナリオだと思います。
個人的には「unityroom」に投稿されている「ドーナツの穴」というフリーゲームを思い出しましたが、私が知らないだけで、哲学的な問いをプレイヤーにぽんぽん投げつけるゲームデザインが流行っているのでしょうか?
とりあえず全体の進行に沿って、感想を徒然草していきます。
1日目
始まりました、OP。
突然の雷鳴にスタンして傾くちょま。そんなびっくりするところ?

記憶喪失の設定ではありますが、「己が何者なのかは分からない状態です」「記憶にございません」と淀みなく答えるのは、本当に記憶喪失の人間だとしたら状況の飲み込みも割り切りも良すぎて、笑えます。
「雷に打たれた」「手術で治した」「入院は3日間(と断言)」など突っ込みどころが多い医者の発言の数々を、ちょまが「はい!」と疑う事無く受け入れるので、医者役のGKが面食らっているのも面白い。
普通は、ここで色々質問攻めにされる想定なんでしょうね。

医者「え、良いの⁉」 ちょま「…はい」
医者「本当に?」 ちょま「ご飯が出るなら…」
手術室に入院させる病院がある訳ねぇだろ。
ちょまはご飯さえ出るなら何でも良いようです。簡単に誘拐できそう。
ここで、囚人のジレンマの話。

喉に痰がからんで飲水するちょま
ちょまは相手を裏切るくらいなら10年服役するリスクを負って黙秘するようです。「裏切るのに勇気が必要」という彼(彼女?)の考え方は、「裏切らないのに勇気が必要」と考える私とは異なっていて面白いですね。
決めました。もし私が罪を犯したくなったら、ちょまを共犯者にして囚人のジレンマを解決します。お勤めご苦労様です。
「何故あなたは自白する方を選んだのか?」と医者に問い返すちょまとのやりとりは含蓄に富んでいる感じがしますね。即興のロールプレイとは思えないクオリティでした。VTuberみたいに喋りを仕事にできるって、こういうことなんですかね~。
その後、周囲の探索をするちょま。ダイスロールに失敗するので大した情報は得られず。

心拍数(97)と酸素飽和度(98)でしょ
オペ室だし
また、1日目で隣人(医者の息子)の存在を確認。どうして「囚人のジレンマ」の話が出てきたのか筆者は今一つピンと来ていませんでしたが、隣人の存在が判明した辺りから「どちらか一方しか退院できないみたいなジレンマの話になるのかな?」と何となく予想。
以下割愛。
2日目
打って変わってノイズ交じりのモノクロな視界へ。筆者はホラーが得意でない(戦闘で倒せる場合を除く)ので、身構えてしまいました。

息子の退院の目処が立ちそうなどと、いかにも不穏な雰囲気を漂わせ始める医者。これ絶対息子の身代わりにするためにちょま連れてきただろ。2日目は「テセウスの船」の話。

ちょまは「パーツが置き換わっても変わらずテセウスの船と呼べる派」のようです。物体そのものが同一である事より、同一とみなす人の思いを重視する考え方でしょうか。
少し話はそれますが…。
ちょまは「テセウスの船」について知らないと申告して、どんなパラドックスなのかという説明を誘導しています。しかし、ちょまの主張は人間の細胞が入れ替わる話を引き合いに出しており、元々「テセウスの船」を知っていたとしか思えない発言の内容と返答速度です。
ちょまは「テセウスの船」に限らず作中で登場する思考実験を全て「知らない」と一旦答えていますが、本当は知っていたんでしょう。本当に知らない視聴者に配慮して説明を誘導するため、あるいはちょまとしてのキャラクターに徹するための、「中の人」の配慮がうかがえるシーンでした。…台本じゃないよね?
以下割愛。
3日目
視界が元通りに。あれ、治るんだ。
ここからどうやって話にオチをつけるのか気になる。

やったぜ
3日目は「臓器くじ」の話。ちょま的には認められない。

医者が退室した後、隣人が居るはずの部屋へと入り込むちょま。
隣人(医者の息子)が「水槽の中の脳」であった事、ちょまが機械の体(保証期間3年)に改造されている事が判明。これまでの思考実験の問いかけが、プレイヤーの境遇とリンクする訳ですね。

公衆電話でしか見ないよね
ちょまの元の肉体は、息子の新しい肉体として使うつもりのようです。

ちなみにヤマダ電機の安心ゲーム機本体保障も3年
ちょまは医者の息子のために、自分の肉体を譲る事を承諾。基本的にちょまは人が良いので、自分の体が他人のために勝手に使われる事への怒りとかがびっくりするぐらい出てこないですね。
このシナリオ、ここで体の提供を拒否する選択も取れるんでしょうか?

良かった、生きてて
ルンルンの感想
ザ・善性の塊といったキャラクターでした。自ら火に飛び込んだ釈迦の前世(ウサギ)みたいなやつ。私にとって、一般的には甘えたような高めの声質は苦手に思う事が多いですが、ちょまの声は不思議と聴き続けられました。丁度良いハスキーさのお陰ですかね?
今回興味深いと思うのは、【「中の人がロールプレイするちょま」がロールプレイする「カタシロ」】という、二重のロールプレイが生じている所ですね。「ちょまというキャラクターがカタシロをやったらこう振る舞うだろうな」という「中の人」の機転を感じるリプレイでした。あっぱれ。
蛇足:作中に登場したパラドックス
囚人のパラドックス
ちょまと共犯したらパレート最適=ナッシュ均衡。
まあ現実的な問題として考えると、共犯者同士の人間関係とか信頼抜きには語れませんよね。
あくまでゲーム理論として考えればパラドックスなんでしょうが。
テセウスの船
そういえば同じ名前のドラマありましたよね。
臓器くじ
「くじに不正が無い」「移植が絶対に成功する」といった、現実にはあり得ない前提があって初めて成立するパラドックスだと思っています。
ただ、「くじの対象者」に十分な恩賞が与えられるとなると話が変わると思っています。どうせ最後は死ぬ命。長く生きて苦しんで死ぬより、国から大金与えられて数年遊んで暮らしたら、専門の医師の処置の元で安らかな脳死を迎え、臓器を国に提供する名誉のドナー戦士として扱って貰えるとしたら。
自殺の誹りを免れて楽に死ねる上、人の役に立つという大義名分もあるので、むしろ不正してでもこの「宝くじ」に当たりたいと思う人はそれなりにいるのではないでしょうか。私は…うーん、どうでしょう。
