東京育ちが妻の地元・新居浜に移住して10年で学んだ、「地方移住の成功」に必要な【たった一つの心構え】
妻の地元・新居浜に移住して10年。「よそ者」だった僕が、この街を好きになるまで。
10年前の僕に言いたいことがある。
「地元民の妻がいれば安心」
そう思っていた。
完全に甘かった。
移住を決めた理由は、シンプルだった
再婚した妻が新居浜出身だった。
妻の家族が近くにいて、子育てのサポートもある。
東京の家賃・保育園・通勤ストレス。
「新居浜の方が、家族で穏やかに暮らせる」
そう思った。
介護福祉士の資格があれば、どこでも働ける。
その安心感が、移住の背中を押してくれた。
でも現実は、アウェイだった
妻にとっては地元でも、僕には完全にアウェイだった。
地域の集まりに行くたびに「◯◯さんの旦那さん」と紹介される。
自分として見てもらえるまでに、時間がかかった。
妻の友人の輪に入れない時期もあった。
「自分だけ浮いてるな」と感じる夜もあった。
東京時代の友人とは距離ができた。
ライブも映画も少ない。
「東京ならすぐ行けたのに」
そう思う瞬間が、最初の数年は正直たくさんあった。
驚いたこと、戸惑ったこと
車がないと生きていけない。
東京では電車と徒歩でどこでも行けた。
新居浜では車が命だ。
最初は運転が怖かったけど、今では車なしの生活は考えられない。
地域行事が多い。
祭り、清掃、子ども会。
「こんなに出るの?」と最初は驚いた。
でも、顔見知りが増えていくのは、悪くなかった。
おすそ分け文化がある。
東京では隣の人の名前も知らなかった。
ここでは野菜や果物が突然届く。
最初は戸惑ったけど、今ではその温かさが好きだ。
介護士として、新居浜で働いて気づいたこと
仕事の求人には困らなかった。
高齢化が進む地域だから、介護職の需要は高い。
給料は東京より3〜5万円低い。
でも家賃も生活費も安いから、トータルでは大きな不満はない。
一番違ったのは、職場の空気だった。
東京の現場は効率重視だった。
新居浜は「助け合い」が基本だ。
人とのつながりを感じながら働けるのは、地方ならではの良さだと思う。
息子がここで育っていく
息子は新居浜生まれだ。
海、山、川、広い公園。
のびのびと育っている。
釣り、虫取り、川遊び。
東京では経験できなかった子ども時代を、息子は送っている。
この景色を見るたびに、「この選択でよかった」と思う。
10年経って、気づいたこと
「もう新居浜の人やね」
地域の人にそう言われた時、胸が熱くなった。
よそ者だった僕が、この街に根を張れた瞬間だった。
移住を成功させるために必要なのは、場所でも仕事でもなかった。
「人と向き合うこと」だった。
街の歴史を調べ始めたのも、地域の人と話すようになったのも、全部そこから始まった。
よそ者だからこそ、この街の凄さに気づけた。
よそ者だからこそ、当たり前の景色が新鮮に見えた。
移住して10年。
新居浜は今、僕の「地元」になっている🍊
これから移住を考えている人へ、一言だけ。
覚悟7割、期待3割。
それくらいの気持ちで飛び込むと、きっと見えてくる景色があります。
💡 新居浜・地方の事業者様へ
東京から移住して10年、よそ者目線・移住者目線だからこそ気づける「新居浜の本当の凄さ」が、この街にはまだまだたくさん埋もれていると感じています。
地元に住んでいると当たり前すぎて気づかない歴史、風景、人、仕事、サービス。それらを第三者の視点で掘り起こし、読者の心に届く物語として言語化します。
Google検索「note 新居浜」で上位を獲得している僕の発信力とライティングで、あなたの商品や地域の価値を未来へつなぐお手伝いをさせてください。
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