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『ドールズ・ハイ』          第2章『境界の継承』第21話『記録されない境界』

―あらすじ―


前夜の解析室で確認された、
記録に残らない白い霧。

その存在を追うレイスは、
過去の記録にも同じような「空白」が潜んでいた
可能性を見つける。

一方、
教導院では通常訓練が続き、
アルト班とカイン班は合同訓練に臨む。

完璧な制御を見せるヴォルグにも
一瞬だけ不可解な揺らぎが生じ、
アルトとカインは同時に異変を察知する。

夜、
白い結晶片の容器に細い白線が浮かび、
眠っていた謎が静かに輪郭を持ち始める。

第21話『記録されない境界』


教導院の朝は、
昨日までと変わらなかった。

訓練場では金属の擦れる音が響き、
廊下には生徒たちの声が流れている。

異変など、
どこにもない。

少なくとも、
表面上は。



解析室では、
レイスが一人で端末を見つめていた。

昨夜、
白い霧を目撃した容器は、
今も保管棚の中にある。

温度、
圧力、
同期反応。

すべて正常。

記録にも何も残っていない。

「……なのに、
見えた」

レイスは過去の記録へ検索範囲を広げた。

古いデータ。

現在とは規格も異なる、
何年も前の記録だった。

一つの波形が目に留まる。

通常なら連続しているはずの記録が、
ほんの僅かな時間だけ途切れていた。

欠損。

そう分類されている。

だが、
その前後に異常はない。

レイスは眉を寄せた。

別の記録を開く。

そこにも同じような空白があった。

発生条件は不明。

原因も不明。

そして、
空白そのものについての記述は、
残されていなかった。

「……偶然じゃないのか?」

答えは返らない。

ただ、
古い記録の中に残された空白だけが、
現在の現象と静かに重なっていた。



同じ頃、
訓練場。

「同期、開始」

教官の声に合わせ、
ゲゼールたちが一斉に動き出す。

ルナとミレイの精神が重なり、
滑らかな動きを生み出す。

フェルも安定して追従していた。

そしてヴォルグ。

カインの制御は隙がなかった。

無駄な動きがない。

力を抑えるべきところでは抑え、
必要な瞬間だけ正確に出力を引き上げる。

「やっぱり綺麗だな」

リオが呟く。

アルトは答えず、
ノアを見ていた。

黒い装甲は、
静かにヴォルグの動きを追っている。

やがて合同訓練の終盤に入った。

その瞬間だった。

ヴォルグの同期波形が、
ほんの僅かに揺れた。

「止める」

カインの声が飛ぶ。

即座にヴォルグが停止した。

ミレイもルナとの同期を解除する。

「今の……」

「見た」

アルトが答えた。

カインがアルトを見る。

二人の視線が重なる。

「機体の問題じゃない」

カインが言った。

「俺もそう思う」

それ以上は続かなかった。

数値は正常。

ヴォルグにも異常はない。

それでも、
確かに何かが波形を横切った。

ほんの一瞬だけ。

存在したはずなのに、
掴めない。



訓練が終わった後、
ミレイはアルトの隣に立った。

「ノア、
反応してたよね」

「……ああ」

「何か感じてるんじゃない?」

アルトはノアを見る。

黒い装甲には、
細い白い亀裂が走っている。

以前より、
ほんの少しだけ増えていた。

「俺にも分からない」

「アルトにも?」

「分からないから、
気になってる」

ミレイはしばらく黙っていた。

その横でリオが言う。

「でも、
ノアだけじゃない」

「え?」

「ルナもフェルも、
ほんの少しだけ変だった」

アルトは頷いた。

「だから余計に分からない」

そのとき、
ノアの白い亀裂が一瞬だけ明滅した。

誰も気付かなかった。

アルトを除いて。



夜。

解析室の照明だけが、
静かな床を照らしていた。

レイスは、
昼間から続けていた古い記録の比較を終えた。

現在の白い霧。

過去の記録に残された空白。

完全な一致ではない。

それでも、
似ている。

あまりにも似すぎていた。

レイスは保存容器へ目を向ける。

その中で白い結晶片は動かない。

静止している。

何も起きていない。

そう見えた。

次の瞬間。

容器の内側に、
細い白い線が浮かんだ。

糸のように細い。

光とも亀裂とも判別できない。

ゆっくりと伸びて、途中で途切れる。

レイスは立ち上がった。

「……」

端末を見る。

記録されていない。

センサーも反応していない。

それでも、
目の前には確かに存在している。

レイスは白い線を見つめた。

そして、
古い記録へ視線を戻す。

同じ空白。

同じ説明不能な沈黙。

胸の奥に、
ひとつの考えが浮かんだ。

「……今回が初めてじゃない」

誰もいない解析室で、
その言葉だけが静かに落ちた。

容器の中の白い線は、
しばらく消えなかった。

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