50歳の私から、あのころの私へ。
あのころの私
50歳という人生の大きな節目を迎え、
ふとコーヒーを飲みながら一息ついています。
ひとくち口に含んで、ほっとしながら私は
「あのころの私」をゆっくり思い出していました。
今振り返ると、どの場面にも、
その時その時を必死に生きていた私がいました。
「結婚」という生活に飛び込んだ20代。
ほぼワンオペ育児の嵐の中を走り続けた30代。
反抗期の娘たちと必死に向き合った40代。
たくさん失敗しながら、「お母さん」や「主婦」という階段を、
不器用に、一段ずつ登ってきたように思います。
必死に毎日を繋いでいた、あの日の夜道
今でこそ働き方改革なんて言葉がありますが、
子どもたちが小さかった頃は、
夫の帰宅が遅いのは当たり前の時代でした。
家の中は、いつも私と子どもたちだけ。
子どもが熱を出すのは、決まって夕方の忙しい時間。
夜間当番医を探し、上の子と下の子、
二人を車に乗せて、夜の道を必死に走ったあの日。
今でも鮮明に覚えています。
自分の体調が悪くても、子育ては待ってくれません。
泣き止まない我が子を前に、
自分の方が泣きたくなった夜も何度もありました。
今思えば、どうやって乗り越えてきたのか、
自分でもよくわかりません。
ただ、「私しかいないんだから」「やるしかない」
その気持ちだけで、毎日を繋いでいた気がします。
やっと大きくなったと思ったら、今度は反抗期。
娘たちは顔を見るたび、「うるさい」の一言。
理由もわからないまま部屋の扉を閉められる、
腹立たしさと我慢の毎日でした。
仕事でも人間関係に疲れ果て、
「どうして私は、こんなにうまく生きられないんだろう」
一人で落ち込んだ日もたくさんありました。
いつも何かに追われている気がして、
周りと同じようにできなきゃいけない気がして、
気づけば、心に余裕なんてなにもなくなっていました。
あの頑固さは、強さじゃなくて怖さだった
そんな風に、心を閉ざして一人で戦っていた頃のこと。
私のことをいつも心配して、仕事帰りに連絡をくれた
親友が、よく言ってくれていた言葉がありました。
「頑張りすぎないでよ」って。
でも、当時の私はその言葉を素直に聞けませんでした。
「私の何がわかるの」と、
心のどこかで反発してしまっていたのです。
本当は、図星だったのに。
心を開いてしまったら、張り詰めていた糸が切れて、
弱い自分が出てしまいそうな気がして。
誰かと深く関わると、自分のペースが乱れる気がして。
私は頑丈な壁を作って、優しさもアドバイスも、
全部少しずつ遠ざけていました。
あの頑固さは、強さなんかじゃなかった。
ただ、自分の弱さを見せるのが怖かっただけだと…。
50歳になった今ならよくわかります。
全部「うまくいかせよう」と必死になるほど、
うまくいかないものだと。
解決策が欲しくて、でも誰にも頼れなくて。
一人で抱え込んで、ぐるぐると悩んでばかりいました。
50歳になった今、あのころの私へ
50歳になった今、思うのです。
20代には20代の悩み、
30代には30代の苦しさ、
40代には40代のしんどさがありました。
その時その時、私はいつだって必死でした。
だから今、あの頃の私に、一番に伝えてあげたい。
そんなに不安に思わなくても、
悩みの答えが出せなくても、大丈夫だよ、と。
子どもたちはね、自分でちゃんと答えを見つけて、
自分の足で歩き始めました。
一人は家庭を持ち、
一人は社会に出て働いています。
あれだけ悩んで、ぶつかって、泣いて、
わからなくて。それでもちゃんと、
それぞれの人生を自分なりに歩いています。
そして、もう一人。20代の頃、
一緒に「結婚」という箱に飛び込んだ夫のこと。
当時はワンオペの辛さから「なんで私だけ」と
恨めしく思ったこともありました。
けれど子どもが巣立ち、
またこのリビングで二人きりになった今、
この人も「家族を養うプレッシャー」と
必死に戦っていたのだろうと、
お互い様の気持ちで振り返ることができます。
これからはまた普通の「夫婦」として、お互い元気に、
のんびりやっていけたらいいよね。
そうやって周りを少しずつ許せるようになった
50歳の私だからこそ、あの頃の私に、心から伝えたいのです。
「完璧じゃなくてもいいんだよ」って。
いつもイライラして、融通の利かない母親だったけれど、
あの時、必死に毎日を繋いでくれた
あなたという存在がいたから、
私は今、こうして無事に50歳を迎えられました。
そして、たくさん失敗してくれた自分、
たくさん傷ついてくれた自分にも言ってあげたいです。
あのボロボロだった失敗の積み重ねがあったからこそ、
今の私は「あの失敗も、何ひとつ無駄じゃなかったな」
と思えるようになりました。
解決策が何より欲しくて、一人で焦っていた私へ。
「すぐ答えが出ないこともあるよ。
頑張っても、どうにもならないこともある。
それでもね、ちゃんと時間は流れていくし、なんとかなるんだよ」って。
あんなにトゲトゲしていたのに、残ったもの
あんなにトゲトゲして、悩んでばかりいた日々だったのに。
50歳になって肩の荷が下りたとき、
ずっと張っていた心の壁が、すうっと消えていく感じがしました。
そうして今、不思議なくらい心に残っているのは、
周りへの「感謝」でした。
つらい時に近くで話を聞いてくれた友達、
仕事で助けてくれた職場の同僚たち。
あの頃は自分のことで精一杯で受け取れなかった温かさが、
今になって、じんわりと心に染みてきます。
そして、あの親友のことを、最近よく思い出します。
「頑張りすぎだよ」と言い続けてくれたあの人は、
今でも、私の隣で笑ってくれています。
たまに二人で話すんです。
「あの頃の私、人の話も聞かずに突っ走ってたよね」って。
そうして二人で、顔を見合わせて笑うんです。
あの頑固で孤独だった頃の私には、
絶対に想像もできなかった最高の景色です。
壁を作って遠ざけていた相手が、20年後も隣にいてくれている。
それだけで、あの日々は無駄じゃなかったと、
心から思えます。
なるようになります。本当に。
子育てという大きな荷物を下ろして、
少しだけ身軽になった50歳。
これからは、子どものすぐ隣でハラハラするのではなく、
少し離れた場所から、そっと見守るくらいがちょうどいい。
これからは少しずつ、自分のために笑う時間を増やしたい。
自分のためだけに、贅沢に時間を使う日があってもいい。
もし今、この記事を読んでくださっているあなたの心の中に、
あのころの後悔や、トゲトゲした記憶が残っているなら。
あの頃の自分も、きっと毎日を繋ぐだけで精一杯だった。
だから、どうかその手をゆるめてあげてください。
あなたが必死に毎日を繋いだ時間は、絶対に間違っていなかった。
だから今日だけは、少しだけ肩の力を抜いてみませんか。
完璧じゃなくていい。
全部うまくいかなくていい。
なるようになります。本当に。
あの頃の私が、ちゃんとここまで来られたように。
今のあなたも、きっと大丈夫。

